第41話 第二皇子の鷹狩りと天空のスムマーン・ファルシー<三>
広大な平原を朱に染める夕陽を背にして、狩りは終了した。
カムランは最初にパルヴィーンが仕留めた大ぶりのウズラだけを手元に残し、あとの獲物はすべてザイードに献上した。
「兄上の御威光に、ささやかながら華を」
と阿る弟の恭順に、ザイードは柔和な笑みを崩さず、返礼として白貂の毛皮と幾つかの希少な香辛料が入った小袋を下賜した。
毒の杯を優雅に交わし合うような戦慄を覚えながら、カムランは宮城に帰還した。
自室で休息を取ることもなく、狩猟服のまま砂宮へ足を運ぶ。
普段は夜陰に紛れるようにやってくる第十二皇子が堂々と狩猟服姿で現れたため、砂宮の女たちは肝を潰し、怯えたように道を空けた。
厨房で下ごしらえをしていたシャハラは、肩に鷹を乗せて入ってきた彼に目を丸くした。
カムランは悪びれる様子もなく、安堵と自嘲が入り混じった複雑な顔をした。
「まあ、今更だろう。ザイードたちにも、すでにお前とのことはバレている。小賢しく忍んでも仕方あるまい。堂々としていた方が、かえって手出しがしにくくなるというものだ」
カムランが言い終わると同時に、パルヴィーンが鋭い鳴き声をあげ、翼を半ば広げた。金色の双眸は、シャハラに明確な敵意と威嚇の光を放っている。
嘴をカチカチと鳴らし、放たれれば一瞬で喉笛を掻き切られそうな気迫にシャハラは思わず後ずさった。
「ああ、すまん。こいつはパルヴィーン。勇猛で仕事のできる女なんだが、嫉妬深いのが玉に瑕でな。初対面の人間には手厳しい挨拶をする」
カムランはパルヴィーンの喉元を宥めるように撫で、愉快そうに笑った。
パルヴィーンを降ろすと、いそいそと荷物を取り出す。
まず内臓の処理を済ませたウズラを調理台に置いた。ザイードから下賜された小袋も差し出した。
「今日の獲物だ。それと、これを。ザイードからの土産だ。スパイスのようだが、お前ならわかると思ってな」
シャハラが小袋の紐を解き、中身を手のひらにあける。中から青い結晶が転がり出た。
シャハラの声が興奮で上擦った。
「……もしかしてブルーソルト? 本物を見るのは初めて」
「塩なのか? 青い塩とは神秘的だな」
二人の視線の先には、砕かれたサファイアのような深い青色の岩塩がきらめいていた。ブルーソルトはファルハでも帝国でも産出されず、西方から過酷な旅を経て運ばれてくる。とても希少で高価な塩だった。
「たいした量はない。残しても仕方がないからな。使い切ってしまうといいだろう」
「うん。他にもあるみたい」
シャハラは別の小袋から黒い香辛料を取り出した。匂いを嗅ぎ、一粒噛んでみた。
「……黒バルベリーね。バルベリーの高級版」
高地産の黒バルベリー(黒ゼレシュク)も希少なスパイスである。通常の赤いバルベリーがレモンのような瑞々しくシャープな酸味を持つのに対し、高山の岩肌に自生する野生の黒は、赤ワインやカシスを思わせる重厚な深みと、かすかな渋みを孕んだ豊潤な酸味を持っている。
シャハラの料理人の血が騒いだ。
己の不遇も、宮廷の陰謀もこの時ばかりは頭から消え去る。
彼女は目の前の食材をしばらく眺め、それから調理に取り掛かった。
作る料理は決めてある。
ジビエ料理の定番「ウズラの詰め物入り丸焼き」である。
それも、カムランが今日見たであろう、広大な平原と大空を模した一皿にする。
まず、シャハラは真鍮の鉢に野生のミントの葉をたっぷりと浮かべた冷水を用意し、そこにウズラを沈めた。
野生のウズラは、そのまま焼くと肉がパサつきやすく、特有の強い鉄分臭が残ってしまう。ミント水で徹底的に血生臭さを消し、水気を拭き取ると、細かく砕いたブルーソルトと黒胡椒を肉の内外にしっかりと擦り込み、下味をつけた。
次に皮と肉の間に指を入れて隙間を作り、そこへ濃厚な羊の澄ましバター(ギー)をたっぷりと塗りこむ。これはジビエの胸肉を、熱で溶け出す脂によって内側からジューシーに焼き上げるための秘策である。
続いて、お腹に入れる詰め物の調理に移る。通常はサフランライスを詰めるのだが、サフランはないため別のものにする。
シャハラは、杏仁に似た甘い香りを放つマハレブ、香ばしい松の実、黒バルベリーを贅沢に使うことにした。
それらを熱したギーで手早く炒める。ウズラの小骨から取ったさっぱりとした出汁と塩を加え、長粒米を投入する。
熱い脂のなかで黒い実が弾けると、厨房内の空気は深く官能的な「戦果の香り」へと変わっていった。
旨味をたっぷりと湛えたピラフが仕上がると、ウズラのお腹にぎっしり詰め込む。次は焼きの工程である。
手際よくかまどの熾火を操り、鉄串を通したウズラをじっくりとローストする。
ここでシャハラは、野生のタイムと蜂蜜を混ぜ合わせた脂を、焼き上がるウズラの皮目に丁寧に塗り重ねていった。
内側のギーが肉を潤し、外側に塗った脂と蜂蜜が皮をパリッと香ばしく黄金色に染め上げる。
パチパチと爆ぜる音とともに、蜂蜜の焦げる甘い匂いとタイムの清涼感が混ざり合い、厨房の熱気は最高潮に達する。




