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シャハラと兵站皇子の盤上百味録  作者: kiyoaki
第三章 帝国の百味師と不正備蓄の基地

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第33話 香味の錬金術師と宮廷料理版マヒ・サルフ<一>

 後宮の胃袋を満たす大厨房は、百人を優に超える料理人たちが日夜ひしめき合う食の戦場である。

 ある日の午前中、厨房の喧騒のただ中に、場にそぐわない二人組が現れた。第十二皇子カムランが、女連れでやってきたのである。

 彼の斜め後ろには、アニサ王女として豪奢に着飾ったシャハラの姿があった。

 身を包むのは、夜明けの空を思わせる薄紫色の絹のドレス。細い首や耳たぶには、歩くたびにかすかな音を立てる金や柘榴石(ガーネット)の装身具が揺れ、蜜色の髪は複雑に編み込まれ、孔雀の羽をあしらった簪(かんざし)が挿されている。

 頭に薄絹のヴェールを被り、伏し目がちに慎ましく控えるその様は、どこからどう見ても帝国の虜囚となり、今は囲われ者となった薄幸の王女であった。

 カムランは獲物を自慢する狩人のように胸を張り、周囲に見せつけるようにして歩いた。

 料理人たちは皇子に付き従う王女を気の毒そうに見た。

 彼らも、皇子たちが美しいアニサ王女を巡って争った挙句、どういうわけか存在感の薄い第十二皇子が勝利したらしいことは知っていた。

 今日は戦利品よろしく、自分の女をお披露目しに来たのだろう。悪名高い第十皇子ネダルから逃れられても、今度は弟のものとなって連れ回される王女が哀れだった。

 だが、真実は違った。

 シャハラはすました貴人の表情を保ちつつも、主厨房に漂う濃厚な羊脂とスパイスの匂い、かまどから立ちのぼる熱気、行き交う料理人たちの動きや手際を冷静に観察していた。

 カムランは、後宮から出ないなら問題ないだろうと判断し、砂宮からシャハラを連れ出したのだ。一人で行動するのは危険だが、自分がついていれば大抵の難は避けられる。

 主厨房の様子を探りがてら、シャハラが欲しがっている調理器具や食材、スパイスを与えようと考えた。カムランが厨房に行って探すよりも、料理人である本人を連れていった方が早い。

 カムランはずんずんと厨房の奥へ進み、大料理長ファヒームの前に立った。

 ファヒームは、恰幅のいい身体を揺らし、慌てて廷礼を捧げた。ちらりとシャハラを見ながら言う。

「カムラン殿下、このような油臭い場所にいらっしゃるとは。……そちらにおわすのは、先日入宮されたファルハの王女殿下でございますか?」

「いかにも。大料理長、今日はお前に頼みがあってな」

 カムランは笑みを浮かべつつ、有無を言わせぬ調子で続けた。

「アニサ王女が、料理に使うための砥石や調理道具を欲しがっている。黄昏の砂宮にある道具は質がよくないようだ。古くなって使わなくなったものがあれば譲ってほしい。ついでに余っている食材や安価なスパイスもな」

 ファヒームは目を丸くし、怪訝そうにシャハラを見た。

「はあ……王女殿下が料理を、でございますか。帝国では考えられませぬが……」

 これは当然の疑問だった。帝国では、調理は身分の低い者が従事する仕事だった。主厨房の料理人も奴隷上がりの者が少なくない。

 皇族に至っては、厨房に近づきさえしない。帝国の妃や皇女が厨房に立つことはありえず、政敵に毒を盛るためかと疑われかねない行為だ。皇子でありながら厨房に入ってくるカムランの方が変わり者なのだった。

 カムランは想定内とばかりに、ふっと肩をすくめて見せた。

「私もよくわからないんだが、ファルハの慣習らしい。あちらの王族は自ら刃物を研ぎ、料理をすることで大地の恵みに感謝を捧げるのだそうだ。王女はわびしい砂宮暮らしゆえ、ささやかな望みを叶えてやっても罰は当たるまい」

「……異国には妙な風習があるものですな」

 ファヒームはカムランが吐く適当な嘘を信じ、それ以上の追及はしなかった。

 カムランはシャハラに向き直ると言った。

「では、私は白蓮の宮に顔を出してくる。後で迎えに来るゆえ、ここで好きな道具を選ぶといい」

「ありがとうございます、殿下」

 シャハラはなるべくしとやかに言い、一礼した。

 去り際、カムランは思い出したようにファヒームの方へ振り返った。にやっと笑い、茶化すように言った。

「ああ、そうだ。ここにそんな大それたやつがいるとは思わんが、もし王女に不埒な真似を働く輩がいたら切り刻んでスープの具にしてくれ。私には首だけ残しておいてくれればいい」

「は、ははあ……!」

 ファヒーム以下、周囲で聞き耳を立てていた料理人たちは一斉に青ざめ、持っていたお玉や鍋を落としかけた。

 熱気に包まれた厨房に緊張が走る。カムランは足しげく砂宮に通い、王女を寵愛しているという。もし王女の身に何かあれば、本当に大鍋で煮込まれかねないと震えあがった。

 残ったシャハラに対し、ファヒームも同情の視線を向けながら、厨房のさらに奥へ案内した。地下室に続く重厚な扉を開ける。

 石造りの階段を下りていくにつれ、上の階の熱気と喧騒が遠ざかり、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

 貯蔵された根菜や樽詰めの塩漬け肉が置かれた部屋を通り抜け、四方が造り付けの棚になっている部屋に入った。

「ここにあるものは、今は誰も使っていません。ガラクタばかりですが、気に入ったものがあればなんでも持って行ってください」


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