番外編.2 ハッピーバースデー
5月15日は五織の誕生日!と言うことで二章の一話目にチラッと出た話を書いてみました。
時系列としては今上げている本編よりちょっと先の話なので新キャラが二人もいますが、気にせず!
◀︎◁◀︎
「それで今日の依頼って?」
「海竜ティアマドの討伐よ」
イオリの問いにレイが答える。今日の依頼はレイが個人的に受注したものであり、イオリはその詳細を知らされずに同行させられている。
ある程度の資金があるとはいえど、油断は禁物だ。あと数日はここに滞在する予定であったし、暇を持て余してもしょうがないため依頼を受けるのは何も不自然ではない。
「なんで俺だけ? 他のみんなを連れてきても良かったんじゃ?」
だが、今日に限っては完全にレイの独断で決まった依頼だ。何かこの依頼に思い入れがあるのだろうかとイオリは勘繰る。
「みんな暇じゃなかっただけよ」
「……まるで俺だけが暇人のように聞こえるけど?」
「違うの?」
レイの淡々とした応答にイオリはぐぬぬと眉を顰める。確かに暇だったが、別に用がないならないで出かけたり、装備のメンテナンスなどしていたし、まるで自分がいつも暇みたい言われるのは癪であった。
「……まぁいいけどさ。でも意外だな。オクトルがついて来ないなんて」
オクトル・シオニック。パーティメンバーの一人であるが、彼はレイに惚れ込んでおり、事あるごとにイオリに張り合ってくる。
戦闘能力で言えば、明らかにイオリより強く、かつ優美とも言える容姿の持ち主なのに張り合ってくるのがイオリには謎だった。
そんな彼がレイと二人きりの状況を許すなんて何かあったのかと思うが、レイは淡々とそれに応じる。
「クアルドに連れてかれたのよ。どこ行ったのかは知らないけど」
「そうなんだ」
クアルド・ジュート。彼もまたパーティメンバーの一人であり、なんと言うか、かなり元気な男の子だ。
と言っても歳はイオリより上であり、男の子という表現は正しくはないが、身長が低く、溌剌とした彼はかなり若く見られる。
ビナーラも朝早く出かけていたし、今日は珍しく二人だけ。今日は天気も良く、イオリは青空を眺めて息を吐く。
「何やってんのよ。早く行くわよ一日で終わらせるから」
「はいはい」
旅を始めた頃の懐かしさを覚えると、イオリは足を早めてレイに追いつくのだった。
◀︎◁◀︎
――十層。
サンドレアにあったダンジョンと比較するとだいぶ浅い層ではあるものの、そこを巣食う海竜ティアマドはブラックドラゴン以上の能力を持つ。
青い炎が灯って、部屋が明るくなるとその巨体がゆるりと動き出す。
「――――」
一瞬、イオリは頬を強張らせた。
それはティアマドの圧力もあるが、違う。
「……二頭のブラックドラゴン?」
漆黒の鱗に覆われ、禍々しく光る青い瞳。頭が二つに分かれているそれを除けば、ブラックドラゴンを彷彿とさせるその見た目に苦い記憶を呼び起こさせられる。
「なに怖気付いてるのよ」
レイに脇腹を肘で突かれ、イオリは「いいや」と首を横に振る。
「懐かしさを噛み締めてただけだ」
「そんなに昔のことでもないけどね」
素っ気ない答えではあるものの、レイの表情は柔らかい。炎の中に手を入れ、抜き出したものをイオリは受け取る。
ボタンをカチッと押すと、バック型のそれが形を変え、右腕を完全に覆い尽くすように装着される。
龍砲を改良した――龍砲・零式。
体に装着することで機動性が上がったのはもちろんのこと、鎧にもなり接近戦でのタフネスさも備えている。加えて、銃口を変えることで威力、射程距離すらも変えることができる。
変幻自在。まさにディアナから貰ったハゴロモから着想を得た新型だ。
「行くわよ」
「ああ!」
レイへの応答へと同時、海竜ティアマドが咆哮する。魔獣の上位に君臨するドラゴン族。その威嚇ともとれる咆哮を一身に浴びながらも、一切怯むことなくレイは駆け出し、イオリは構える。
まずは一発。
双頭の片方の脳天に銃弾を撃ち込む。だが、ティアマドの鱗を破れることなく、キンッ――と高い音だけが鳴った。
「……足りないか」
イオリは銃口を変形させ、より貫通力に特化させる。
その間にレイはティアマドの目の前まで大きく跳躍すると、両手の双剣にそれぞれ炎と雷を込める。
クロスしたそれを振り切り、ティアマドの顔面に斬り込もうとするも、ティアマドは亀のように首を引っ込めて躱す。そして次にやってくるのは壁を薙ぎ払いながら横から飛んでくる竜の鉤爪だ。
レイは鉤爪を視認しながらも、すぐに視線をティアマドの引っ込めた頭へと向けると、そこに向かって炎を込めていた剣を投げる。
もちろん、ティアマドは攻撃を止めることなく鉤爪が向かってくるが、それはイオリの銃撃で弾く。
「相変わらず無茶するな……」
イオリが攻撃を弾かなかったらどうなってたか。そうは言いつつもこちらを完全に信頼してくれているのは嬉しいため、イオリの口角は上がる。
爪が弾かれた一瞬の怯みに合わせ、レイは残っていた片方の剣をティアマドの爪に力強く突き立てると、そのまま体を捻り一回転。突き立てた剣の柄に踏み込みを合わせ――飛ぶ。
一気に加速したレイは先に投げていた剣に追いつくと魔法を込めて放つ。
「グロリオーゼ!!」
炎の一閃がティアマドの片頭を捉えると、ティアマドは大きな悲鳴を上げた。
耳を塞ぎたくなるような酷い悲鳴に、思わずイオリは顔を顰めるが、視線の先にいるレイは変わらずもう片方の頭を狙おうとしている。
「フォローするこっちの身にもなってくれ」
小言を漏らしつつ、照準を合わせにいく。するとぽたっと頬に水が垂れた。
「――レイ! 上だ!」
イオリの警告が届くのと同時。天井から滝のように水が流れ落ち、レイはあっという間に飲み込まれ、流れてきた水にイオリもすぐに飲まれた。
水に流されながらも、イオリはレイの姿を探す。だが、瓦礫や土煙が混じる濁流の中は視界が悪い。レイの姿を見つけることも、ティアマドの姿も確認できない。
(……まずい)
相手は海竜ティアマド。水の中は奴の独壇場。このままでは負けるとイオリの背中が凍りつく。
そしてその絶望はイオリの前へと現れた。
(……あ)
ティアマドは大きな口を開け、イオリを食い殺そうとする。その時まで接近に気づけなかった。
ただ呆然とそれを迎えることしかできない。
――前の自分であったならば。
イオリは龍砲を変形させ、右腕から着脱すると、ティアマドの口の中に銃口を突っ込む。
(ぶっ放せぇ!)
ティアマドの口の中で爆発が起こると、イオリは爆風に煽られ吹き飛ばされる。
水の中とはいえ、ティアマドを葬るつもりで最大火力でぶちかましたのだ。壁に勢いよくぶつかってしまうのもしょうがない。だが、強い衝撃を受けることなくイオリの体は止められる。
(……レイ!)
レイはこくりと頷くと、炎を発生させその中から剣を引き抜く。
――魔剣ドライトロア。
レイがその剣を引き抜いた瞬間、イオリは息を呑んだ。
自分に向けられたものではないはずなのに圧倒される。
――刀身が濁った水の中で輝きを見せる。
その輝きに反応し、ティアマドがものすごい勢いでこちらに向かってくるのが見える。潰された片頭と、爆破されボロボロになった片頭。不気味なそれに一瞬、イオリは寒気を感じながらも、それは横にいた彼女の光によって覆い尽くされる。
「死になさい」
◀︎◁◀︎
「え。アンタ今年十七歳なの? 私より年上?! 信じらんないだけど」
「言ったって一個でしょう? レイだってもう立派な大人だから変わらないじゃない」
「……気に食わないわ」
レイはぐぬぬと納得いかない表情を浮かべ、それをビナーラが宥める。
その様子を見つつ、イオリは苦笑いを浮かべる。
依頼達成後、部屋に戻ったイオリを待っていたのはパーティのみんなだった。
部屋は飾り付けがされ、ケーキが用意されていた。去年の今頃は誕生日祝いなんて余裕はなかったため、一つ飛ばして十七歳の誕生日だ。
ビナーラやクアルドがノリノリなのはわかるが、オクトルが躊躇いもせず祝ってくれるのが不思議だった。
そんな視線を向けてしまったのか、オクトルはイオリに気づくと、整った眉を顰めた。
「なんだ?」
「いや、オクトルが祝ってくれるとは思わなくて」
「――っ貴様」
「日頃の行いってやつね」
正直に白状したイオリに飛び掛かろうとしたオクトルをビナーラが間に入って静止させる。するとオクトルはこほんと咳払いをした。
「……なに。今日だけだ。今日だけは君の減らず口も見逃してやろう」
「今掴み掛かろうとしてたけどな!」
わははと笑い、クアルドが元気よくオクトルの肩を叩くとオクトルはただ不満気に明後日の方を見た。
「そうだ! イオリ、はいこれ」
そんなやり取りを終え、ビナーラがポケットから取り出し、イオリの手に置いた。
「えっと、これは?」
手渡されたのは小さな巾着。なんだろうとイオリは首を傾げた。
「ディアナが昔、私の誕生日を祝ってくれたときも贈り物をくれたのよ。だからこれは私からイオリへの贈り物。異空袋よ。龍砲とかレイに持たせてるからいざという時に困るでしょ」
「プレゼント……。異空袋」
この世界では誕生日にプレゼントを贈るという風習はない。だからこうして祝ってもらうこと自体、珍しいためにイオリは呆気に取られる。
「ありがとう。ビナーラ! 大事に使わせてもらうよ」
「ええ。喜んでもらえたようね」
そう言ってビナーラはニコッと笑う。
「俺からはこれだ!」
元気よく前に出てきたクアルドはその手に持った鉄片をイオリの手に置いた。本当に何の変哲もない鉄片だ。
「……えっと?」
「うん。変哲もない片鉄ってな!」
そう言ってワハハと笑うが、イオリも周りの皆も微妙な表情を浮かべる。
「まぁ、龍砲直してやるからそれで許してくれ」
「あ、確かに……」
ティアマドとの戦いで爆発させてしまったため、かなり原型がなくなってしまっている。これには直すのにも一苦労だろう。素直に「ありがとう」と「よろしくお願いします」を伝えると「いいよいいよ」と改めて笑顔を向けられる。
そこでイオリは気づく。
「えっ。って言うか、オクトルがケーキ買ってくれたんだ?」
そうイオリが問うと、オクトルはバツの悪そうにし頬をかいた。
「……考える必要がなかったからな。とりあえずケーキを買ってくれば文句は言われないと――」
「ありがとう!」
イオリがお礼を言うと、歯痒いのかオクトルはそっぽを向いた。
「素直じゃないわね」
呆れたようにレイがそう言うと、レイの後ろのビナーラがレイの背中を押す。
「レイ、ア・ン・タ・も・よ!」
押し出されたレイはそのまま数歩、たたらを踏むようにして、イオリの目の前まで来る。
そのレイとぱちっと目があって何だか恥ずかしさを覚えるが、レイの方がより緊張しているようだった。
「えっと……」
「レイも何かくれるの?」
イオリが小さく首を傾げる。少し意地悪いように笑みを浮かべて。
普段の彼女は高飛車な態度だし、たまには揶揄ってやるのもいいだろう。
(まぁきっと、調子乗るなって言われるんだろうけど)
だがイオリの予想に反し、レイはモジモジとして、上目遣いを続けている。
その表情に思わずイオリは口を手で覆う。
(え、何この感じ)
いつの間にか、レイ以外の面子は部屋から出ていることに気づく。部屋の外でオクトルの怒号がうっすら聞こえてくる。
「アンタにはその……意外とお世話になってるし、日頃のお礼って言うか。でも何あげたらいいか迷って……」
レイはそう言い訳のように辿々しく言うと、スッと差し出した。
「ネックレス?」
青色に輝く宝石があしらわれたネックレス。まるでレイの青い瞳のように輝いていてとても綺麗だ。
「ティアマドの鱗から作ったネックレスよ」
そう言ってレイは自身の首にかけてあった同じものを見せてくる。
「アンタが危ない目に遭ったら、この宝石が赤く光って知らせてくれるわ。逆もまた然り。ま……まぁアンタの宝石が赤く光ることはないでしょうけど!」
レイはツンとした態度でそう言う。だが、何ともレイらしい物言いだと、イオリは思わず笑ってしまう。
「ありがとう! レイ。本当に嬉しいよ」
「そ、そう? 良かったわね」
「なんで他人事」
そう言ってイオリはまた笑う。
いつか来る決断の時。
それが揺らいでいることに気付きながらも、今はクリュウ・イオリのままで良いと――繰生五織は思うのだった。




