85話 辺境伯子息に諭された
僕、何かイジーにやらかした?
「アルと一緒にいる俺からすると、そんな大したことじゃないんだ。でもイグナーツ様は、今までアルと一緒に視察に出かけた先で、魔獣狩りをしたことなかっただろう?」
王領の視察に行くことはあるけど、安全面のことで、基本僕とイジーは一緒に視察に行くってことはない。
大体は個別で見に行くことになってる。
「それが?」
「だから、イグナーツ様は知らなかったんだ。それで驚いたんじゃないかって思う」
「ごめん。ネーベルが何を言いたいのかわからない」
魔獣狩りの時になんかあったっけ?
全く思い当たらないって感じの僕に、ネーベルは言った。
「アルは魔獣が強くて、自分が追い詰められた時とか、状況が悪くなった時に、笑うんだよ」
え? なにそれ?
どーいうこと? ちょっと、よくわかんないんだけど、僕が笑ってたぁ?
「そう、ちょっとキチってる感じの笑い方な」
「ヒポグリフの時、そうでしたよ」
テオとクルトも同意する。
「う、嘘ぉ?!」
「嘘言ってどーすんだよ」
思わず上げてしまった声に、テオがすぐさま否定してきた。
「まぁ、何んとなーく、アルは気が付いてねーとは思ったんだよな」
事実なだけに言い返せない。
グググッと歯を食いしばって、叫び出したい気持ちを抑える。
「なんだよ、その不満そうな顔」
こことぞばかりに、テオは揶揄ってくる。
「不満とか、そんなんじゃないよ」
感情の言語化ができないだけだよ。
ネーベルやテオがそう言うなら、戦闘中に僕が笑ってるのは、本当なんだと思う。
でも、それを認めたくないっていうか、やだなーって気持ちが大きい。
だって、笑ってたってことは、楽しそうに見えたってことでしょ?
あぁ、だからイジーはあの時、『楽しかったか?』って訊いてきたのか。
イジーにも伝えたけど、魔獣はフルフトバールの民を脅かす脅威だから、増え過ぎないように間引かなければいけないだけで、楽しいとかそんなものじゃない。
やだなぁ、イジーに誤解されるのは。
「アルって、なんか昔から、そーいうところに、拘り持ってるよな」
「拘ってるっていうか、生き物の殺生なんだから、軽く扱えないよ」
「考えすぎると、魔獣が狩れなくなるぞ」
いつになく硬いテオの声音に、思わず顔を上げてテオの顔を見る。
「アルの言いたいことはわかる。メッケルだって、魔獣狩りを生業にしてる土地だ。領民に被害が出るから、魔獣を狩ってる。魔獣と相対することは、常に死と隣り合わせだ。中型以上になれば、一回の戦闘で五体満足でいられる保証だってない。楽しいとか、そんな話じゃない」
あ……そうか。そうだった。
魔獣狩りとしては、僕よりもテオの方がキャリアがある。
メッケルで生まれ育ってるんだから、僕よりも早く魔獣狩りの実践を体験してるし、それにトゥルム山脈の向こう側は、ジャードノチノス帝国と同盟を結んでるトレアノス王国がある。
そことの攻防で常に緊張を強いられてるから、テオは……僕と違って、対人戦もちゃんとできるのだ。
「フェアヴァルターも言ってたじゃんか。武器を手に持つことは、命を奪うことだって。それでも俺たちは武器を持たなきゃいけない」
テオと出会った時のことだっけ。
「もちろん、俺たちが奪う命は、必要に迫られて奪うものだし、そこに嬉しいとか、楽しいとか、娯楽じみたもんなんかない。でもさ、そんなことばっかり考えてたら、魔獣狩りなんて長く続けてられねーんだよ」
言葉に、詰まってしまう。
テオの言うことはもっともで、魔獣相手でも生き物だから……って、そう考えるところも、少しはあるんだ。
だからって、対処が遅れれば、確実に領民に被害は出るし、それこそ村一つなくなることなんてざらにある。
それだけ魔獣は脅威で、人の手で制御できる存在ではないのだ。
魔術師の中には、魔獣を従わせるような魔術が使えるのかもしれないけれど、この世界にはテイマーはいないんだよね。
魔獣を使役するって考えは、爆弾を抱えて生活しますと言ってるようなもので、魔獣は駆除対象になる。
獰猛でなくても、人里降りてきた魔獣は、森や山に返すなんてできない。
それがいつ、人間に牙をむく物に変貌するかわからないから、飼いならせとか、共存とか、そんな言葉を容易に出すことはできないのだ。
それはちゃんと理解できてるんだけど……。
「どうせアルが気にしてるところは、魔獣が強い弱い関係なく、生き物を殺す行為に、楽しそうだったって思われんのが嫌なんだろ」
「当たり前じゃん」
そうなんだ。
突き詰めれば、僕はそこに拘っちゃってるんだ。
「う~ん。あ~、う~ん」
僕の返事を聞いたテオは腕を組んで、何度か首をかしげながら唸り声を上げる。
「なに、その反応。僕、変なこと言った?」
「言ってない。でもなんかがズレてる気がする。ちょっと待て」
テオも僕に言う言葉を考えてるようだ。
「根本的に……。――ってわけじゃなくって。……視点が」
ぶつぶつと呟いて、ヨシッと声を出して、テオは顔を上げる。
「そもそも、アルが戦闘中に笑うのはさ、自分の命の危険に迫った時。言うなれば、アルが死と直面してるやばい状況の時なんだよ」
「うん……」
「自分より強い存在と闘えることが、嬉しいんじゃないか?」
強い存在と戦えるのが嬉しい?
「自分でも敵いそうにない、圧倒的な力を持ってる相手を前にして、アルの闘争心に火がついてるんだよ」
そんな風に考えたこと、なかった。
「だから、生き物を殺すことが楽しいとか、殺し合いが楽しいとか、それで笑ってるって考えんなよ」
テオは僕が一番懸念してるところを否定した。
「他のことに関しては自信があんのに、コレに関してだけは急にブレるよなぁ。難しいことごちゃごちゃ考えるんじゃねー。もっと自分の心に素直になれよ」
素直に……。
僕、なにを怖がってたんだろう。
そうか、僕は、僕より強い相手と戦えることに、胸が躍るんだ。
そのことから、目を背けるのは、もうやめようと思った。





