79 フルフトバールで魔獣狩りだぁ! そのじゅうく
初めての中型魔獣とやり合ったから、心が落ち着かないのかな?
僕がヒポグリフを斃したときは、シルバードラゴンに呼ばれたからなぁ。
魔獣を斃したことの興奮よりも、シルバードラゴンから貰った情報の方が、頭がいっぱいになっちゃったしね。
でもイジーは魔獣と対面して、怖かったって感じでもない気がするなぁ。
「……兄上」
「ん? なに?」
「楽しかったですか?」
ん? 魔獣狩りが楽しかったかってことかな?
「達成感はあったし、強い魔獣を屠ったっていう高揚感はあるけど……」
必死だったし、フルフトバールの民にとっては、不帰の樹海にいる魔獣を狩るのは、領民を守るのと同じ。
「楽しかったって、感じではないかな?」
僕がそう言うと、イジーは目を見開いて僕を見る。
「楽しくは、ない」
「だってこれは、将来、僕がするべきことだからね」
フルフトバールを継いで、不帰の樹海を管理するのは、マルコシアス一族の次期当主の仕事だ。
僕の答えを聞いて、イジーは再びカップへと視線を落とす。
「そう……、ですね。兄上は……」
あー、これは何か言いたいことがあるんだと思う。
けど……、いろいろ考えて口に出していいのかどうか悩んでるんだろう。
リュディガーが心配そうな顔をして、隣にいるイジーを見つめている。
その視線に気付いたイジーは、小さな声でリュディガーに告げた。
「……あとで、話す」
「はいっ。絶対、聞かせてください」
声を潜めて話してる二人を見ていると、ポンとネーベルに背中を叩かれる。
わかってるよ。
これからイジーを支えていくのはリュディガーだ。
今までは比較的何かがあったとき、イジーは僕に相談してきてくれたけど、今度は自分で考えたりリュディガーと二人で話し合って考えたりすることが多くなるんだろう。
それを考えると、何だろう? 少しだけ……穴が開いた気持ち。
いや、これはイジーが自立してるって、喜ぶところ!
だってイジーは王太子になるんだし、王になったら最終決断を下すのはイジーなんだもん。
誰に言われるわけでもなく、側近と話し合いができるのは、良いことだ。
だからこの穴が開いた気持ちっていうのはさ、「頼ってもらえなくなって、お兄ちゃん寂しいなぁ」って気持ちなんだ。
イジーはもともとそんな僕にべったりって感じじゃないけど、でも、ほら……ね? 頼ってきてはくれてたからさ。
でもそうか。うん、僕も弟離れしないとね。
僕だって、このフルフトバールの領地と、領民を守らなきゃいけないんだもん。
少ししんみりしてる僕らとは逆に、テオはマルクスに今日遭った大爪熊との戦闘話していた。
「それでな! こう、ドーンって来てさっ!」
テオが身振りを手ぶりで、大爪熊との戦闘を再現する。
「そ、そんなに大きかったんですか?」
目を丸くして、マルクスが訊き返す。
ヒグマよりも大きかったからねぇ。
魔獣って基本、通常の野生動物よりも大きいような気がする。
「魔獣だからなぁ。今日俺たちが遭遇したのは、大型よりの中型だって、トレッフが言ってた。不帰の樹海の魔獣狩りは、アレを一人で倒せるんだってよ」
「一人で?!」
驚くマルクスにテオは腕を組んで頷く。
「メッケルは基本、中型でも四、五人のグループで魔獣を狩るだろ? 大爪熊と同じ規模の魔獣はいるけど、一人で狩るっていうのはほとんどねーんだよな」
「そう、でしたね。あの時、僕はまだ知識もなかったし、体力づくりの訓練しかしてなかったですけど、トゥルム山脈に行かれる方々は、グループで出立していたの覚えてます」
「トゥルム山脈は、不帰の樹海みたいに魔獣の危険階層がないから、入山するってなるとグループで入るのが一番効率的なんだよ」
テオの説明を、目を輝かせて聞いていたマルクスだけど、徐々に寂しそうな表情をしていく。
「でも、こうやって兄様たちと一緒に居られるのは、来年までなんですね」
そうだね。
再来年の春に僕らは卒業し、成人して各々の道を進んでいく。
こうやってイジーやテオたちと一緒に過ごす時間が、少しずつ終わりに近づいていくと思うと、やっぱり少し寂しいなって思う。
もちろん、卒業して切れる縁ではないけど、成人したら各々忙しくなるのも事実。
落ち着くまで、会う時間が取れなくなるのは間違いないだろう。
「僕、信頼できる友達を作ります。それで、その友達と一緒に、メッケルやフルフトバールに遊びに行っていいですか? 長期の休みに兄様たちに会いに行って、それで、こんな風に一緒に過ごしてくれますか?」
「そんなの、いいに決まってんじゃん! いつでも来いよ!」
マルクスに声をかけるテオ。
僕ももちろんって思ってるけど、それよりも……。
イジーの方が気になるなぁ。
イジーだってマルクスと同じで、僕やテオに会いに来て、一緒に過ごしたいって思ってる。
でも、立場として、そんな気軽に行動を起こすことができないし、それを声に出すのも憚られるってものだ。
それになぁ、イジーは僕らと同じ歳だし、マルクスみたいに甘えるのも、遠慮しちゃうだろうし。
「さぁさぁ、皆様。そろそろ横になってください。明日もまた朝が早いですよ」
フェアヴァルターに言われて、みんなで後片付けを済ませて、寝床の天幕へと入っていく。
その途中で、こっそりとイジーに声をかける。
「イジー、前に僕が言ったこと覚えてる?」
僕がそう訊ねると、イジーは顔を上げて僕を見る。
「前に……?」
「イジーだけにしか使えない、魔法の呪文」
あの時のことを思い出したのか、イジーは目を見開く。
「あれは困った時の呪文だったけど、もう一つの呪文を教えるよ」
まぁ、これからイジーに教える呪文は、イジーが結婚して国王となった時には、使われなくなると思う。
だってその頃にはきっと、イジーの周りにはたくさんの人がいるだろうし、伴侶もいるだろうからね。
「寂しくなって、一人でいることが辛くなったら使ってほしいな」
「辛くなったら?」
すっかり目線が僕より高くなったイジーに、僕は告げる。
「うん。その時は、『お兄ちゃん会いたいよ』って言ってね」
こんなこと言ったけど、イジーはそうそう簡単に弱音を吐いたりしないだろう。
きっとこれをイジーが言うとしたら、本当にどうしようもなく寂しくなった時だ。
だから、ね。
その時は、影武者を用意して、僕とテオがイジーを王宮から連れ出してあげるよ。
それで、今日みたいに、一緒に魔獣を狩って暴れようよ。





