第7話 明日、ちゃんと笑えるかな
まだ完全に片付ききっていない部屋の隅には、テープが貼られたままの段ボール箱がふたつ、頼りなげに積み重なっていた。
机の上には、真新しいノートと筆箱。
見慣れない天井を見上げながら、ベッドに横たわった紬は、手元のスマートフォンを胸の前でぎゅっと握りしめていた。
明日から、九月。
新しい街で、新しい制服を着て、知らない人ばかりの学校へ行く。
考えただけで胃のあたりがキュッと縮こまり、息が苦しくなる。
「……はぁ」
重いため息をひとつ落としてから、メッセージアプリを立ち上げた。
ピン留めされたトークルームを開き、震える指で文字を打ち込む。
《起きてる?》
送信して数秒。すぐに『既読』がついた。
『起きてるよー。消灯時間すぎてるけど、こっそりね笑』
画面の向こうからの軽い返信に、こわばっていた肩の力がほんの少しだけ抜けた。
《明日、いよいよ初日なんだけど……やっぱりすごく緊張する》
《誰も話しかけてくれなかったらどうしよう。上手く笑えなかったらどうしよう》
止まらなくなった不安をそのまま画面にこぼすと、少し呆れたような猫のスタンプが届いた。
『はいはい、考えすぎ』
『大丈夫だって。初日なんてみんな様子見なんだから、無理して面白いこと言おうとしなくていいの』
『背筋伸ばして、挨拶だけちゃんとしなさい。困ったらニコニコ頷いてればいいから』
画面越しに届く言葉はいつも的確で、まるですぐ隣で背中を叩いてくれているみたいだった。
《……隣にいてくれたらいいのに》
思わず本音を打ち込んで送信すると、画面の向こうが少しだけ静かになった。
やがて、ぽつりと届く。
『……私も、早くそっち行きたいよ』
その一行を見て、紬は小さく唇を噛んだ。
甘えたことを言ってしまったと後悔しかけたとき、すぐに次のメッセージがポンと届く。
『でも、一人じゃないでしょ。困ったら放課後にでも作戦会議してあげる』
『明日の放課後、すぐ報告すること! どんなクラスだったか教えなさいよ』
《うん、絶対連絡する》
『よし。じゃあ、明日に備えて早く寝な! おやすみ』
《おやすみ》
画面が暗転し、部屋に静けさが戻る。
胸の中の不安が消えたわけではない。
それでも、スマートフォンのぬくもりを抱きしめるようにして、静かに目を閉じた。




