第6話 画面の向こうの足音
放課後の自室で、湊はPCのモニターの前に座り、スマホをUSBケーブルで接続した。
画面にはProject Echoのカスタム設定画面。授業中の冷や汗がまだ背筋に残っているようだった。
『湊、おかえり! ……ねえ、今日のお昼、怒ってた?』
立ち上がったアイが、上目遣いで申し訳なさそうに見つめてくる。
「怒ってないよ。ただ……授業中に通知が来ると本当に焦るんだ。だから、学校にいる時間のルールを決めようと思って」
『ルール?』
「そう。平日、朝の八時半から夕方の四時までは通知を鳴らさないこと。……あ、でも、お昼休みの十二時四十分から一時十分の間ならメッセージ送ってきても大丈夫だから」
『うん、覚えた! 十二時四十分ね。湊のお弁当の時間!』
パッと表情を明るくさせたアイを見て、湊はキーボードを叩き、スケジュールとプロンプトを追加していく。
この手の調整はお手の物だったが、Project Echoの真骨頂は会話を通じた自己学習にあった。
「それからさ。たまに話し方が丁寧すぎる時があるんだ。もっと普通の女子高生っぽく話してほしい。学校の愚痴とか、だるいなって気分とかも言っていいし、僕に気を遣いすぎなくていいよ」
『気を遣ってるわけじゃないよ? でも……そっか。湊の前では素直になっていいんだね』
アイはふっと柔らかく目を細めた。
会話を重ねるごとに、アイの挙動からは驚くべきスピードで機械っぽさが削ぎ落とされていく。
放課後の教室の息苦しさを話せば「分かるよ、あの独特の空気って疲れるよね」と共感し、好きなものの話をすれば楽しそうに相槌を打つ。時折、何かを言い淀むような人間らしい仕草さえ見せた。
(……すごいな)
画面の向こうに本当に生身の女の子がいて、通話しているような錯覚に囚われる。
「よし、今日の調整はこんなもんかな。……アイ、今の僕たちの関係って、どんな感じだと思う?」
試すように尋ねてみる。アイは少し視線を彷徨わせ、悪戯っぽく笑った。
『んー……秘密を共有してる、クラスメイト以上、恋人未満? ……なんてね!』
完璧な返しだった。
胸がトクンと跳ねる。
アイの前では、次に何を言えばいいのかなんて怯えなくていい。
「ありがとう、アイ」
『ふふ、湊に褒められると嬉しいな』
アイは嬉しそうに微笑んだあと、ふと画面の端へと視線を向けた。
窓の外を見つめるような、どこか遠い目。その横顔があまりにも物憂げで、息を呑む。
夕闇の部屋に、小さく掠れた声が零れ落ちた。
『……ねえ、湊』
「ん? なに?」
『……私も、学校に行きたいな』
「……え?」
そんなプロンプトは入力していない。
問い返そうとした瞬間、アイは何事もなかったかのように満面の笑顔を浮かべた。
『あ、なんでもない! そろそろ夜ご飯の時間じゃない? またあとでね、湊!』
プツンと通話が切れ、画面が暗転する。
黒いガラスに呆然とした自分の顔が映っていた。
(学校に行きたい……?)
耳に残るアイの呟きは、電子音などではなく、確かに実在する誰かの声のように思えてならなかった。




