第35話 じゃあ、行こうか
理系クラスの前の廊下を抜け、四人は同じフロアにある三年文系特進クラスの前へとやってきた。
ここもまた、お祭り騒ぎの飾り付けは見当たらない。教室の引き戸の隙間から中を覗き込むと、机や椅子はすべて後方に押しやられ、広々とした床の中央には青々とした畳が敷き詰められていた。
そして教卓の前に、腕組みした一人の女子生徒が仁王立ちしている。
その姿を一目見た瞬間、蓮が引きつった顔で湊の肩を引いた。
「……おい瀬尾、やばい人がいる。ここは止めとこう」
「え、どうして?」
湊が首を傾げた、その時だった。
反対側の階段から、ドタバタと騒がしい足音が上がってきた。
「だから……俺は嫌だって言ってんだろ……!」
いつもの威勢はどこへやら、妙に弱気な声を上げながら小春に連行されるように階段を登ってきたのは大輝だった。その後ろから紬が続いている。
「あれ、お前ら?」
廊下で鉢合わせ、互いに足を止めた。
そのざわめきを聞きつけたのか、仁王立ちしていた女子生徒がすっと鋭い視線を廊下へと向けた。
「小春。……あれ、大輝も一緒か」
「姉さん、今年もかるたやるの?」
小春が呆れたように息を吐く。
腕組みを解いたその生徒――小春の姉、夏希は、畳の上で堂々と胸を張った。
「ああ。今ちょうど発声練習をしていたところだ」
夏希は大きく息を吸い込むと、廊下中へ響き渡るような朗々とした美声で、突然声を張り上げた。
「――なにはづのー!」
「い、行こう」
蓮が身を翻して脱兎のごとく逃げ出そうとする。
「お、俺も行くわ!」
大輝が慌てて蓮の背中を追おうとした瞬間、背後から鋭い声が飛んだ。
「ちょっと待ちな、大輝。せっかくだから一局取っていけ」
大輝の肩がビクッと跳ね、その場で凍りつく。
すかさず蓮が湊の耳元に身を寄せ、小声で囁いた。
「あいつら、小さい頃から同じかるた教室の知り合いなんだよ。大輝は中学で辞めたけどね……早く離脱した方がいい」
夏希に襟首を捕まれそうになっている大輝と、それを腕組みして見届けている小春を残し、蓮は紬へ視線を向けた。
「白石ちゃん、向こうも見に行くんだろ?」
「あ、はい……」
「じゃ、俺ら下行くから。瀬尾、またあとでな」
「え?」
「じゃあな!」
蓮は女子生徒二人を連れ、足早に階段を駆け下りていった。
廊下には、湊と紬の二人だけが取り残された。
教室の奥からは「ほら大輝、構えろ!」「勘弁してくれよ夏希さん……!」という悲鳴が聞こえてくる。
湊は苦笑いを浮かべ、隣の紬に目を向けた。
「……じゃあ、行こうか」
「うん」
紬は小さく頷き、二人は並んで歩き出した。




