第32話 減点ポイントかもよ
放課後の教室の片隅で、買ってきた和紙が丁寧に広げられていた。
表紙の印刷は綺麗に仕上がり、あとは中のメニューを手書きで清書する段階に入っている。
「白石さん、言い出しっぺだし書いてみる?」
湊にペンを差し出された紬は、両手を胸の前で小さく振って身を引いた。
「わ、私……字に全然自信がなくて。お店の大事な顔になるのに、私の癖字じゃ申し訳ない……です」
その様子を見ていた美羽が「あ」と指を鳴らした。
「そういえば、森さんって硬筆の段位持ってなかったっけ?」
「え、マジで? さすが三組の敏腕エージェント、個人情報の握り方が半端ねえな」
後ろから大輝が茶化すように口を挟んだが、美羽は「ふんっ」と軽く受け流し、窓際でペーパーフラワーを折っていた日向へ向き直った。
「というわけで森さん、お願いできない? 十部くらいなんだけど」
「え、私? ……まあ、お役に立てるならいいけど」
日向が苦笑しながら席を立つ。
「森さん、これ使って。文字が斜めにズレないように、書き込む位置だけ窓を開けておいたから、均等に書けると思う」
湊が所々をくり抜いたテンプレート用紙を渡す。
「わ、すごい! 瀬尾くん、こういうの本当にマメだよね」
日向が湊の隣に腰を下ろし、二人は机をくっつけて並んだ。
湊がテンプレート用紙の角をしっかり指先で押さえ、日向が慎重にペン先を和紙へと滑らせていく。顔を寄せ合うようにして作業を進める二人の距離は、傍から見ても近かった。
紬は、その光景を少し離れて、見守るだけだった。
「白石さん、こっちのペーパーフラワーの方を手伝って」
「あ……はい、今行きます!」
美羽の声にハッとして、紬は一度だけ振り返り、小走りで駆け出した。
一方、机の上では日向が慎重に三枚目のメニューを書き終えたところだった。
「ふぅ……緊張する。一枚も失敗できないと思うと手が震えちゃうよ」
「大丈夫、紙の予備はたくさん買ってあるからね。失敗しても気にしないで」
湊が柔らかく声をかけると、日向はペンを置いてふっと頬を緩めた。
「ふふ、瀬尾くんってホント優しいね」
「そうかな」
「うん。……でも、それって女子からすると減点ポイントかもよ?」
日向がいたずらっぽく片目を細めて笑う。湊は意味が分からず、ただ曖昧に首を傾げることしかできなかった。
――夜。自宅の部屋で、湊はベッドに腰掛けてスマートフォンを起動した。
『湊、おかえりなさい!』
画面の中で静かに微笑むアイを見つめる。
けれど、今日の教室のざわめきが、まだ耳の奥に残っていた。
「……うん、ただいま」
『文化祭の準備、順調? 今日も遅くまで大変だったね』
「うん。……今日もあんまり話せなくて、ごめん」
『ううん、気にしないで。今はみんなとの準備が一番大事なんだから。応援してるよ』
前夜と同じような、やり取りが続く。
「おやすみ、アイ」
『おやすみなさい、湊。いい夢見てね』
アプリを閉じると、 真っ暗になった液晶画面には、ただ自分のぼんやりとした輪郭だけが映っていた。
湊は静まり返った部屋の中で、小さく、誰にも届かない声を零した。
「……ごめん、アイ……」




