第30話 上がる、体温
祝日の校舎は、部活動の声が遠くから響くだけで静まり返っていた。
けれど、一年三組の教室の扉を開けると、そこだけ熱気に満ちていた。
教壇の前には段ボールの山が積まれ、机の上には買い集められた資材がずらりと並んでいる。
「グラスは百均で揃えたから、一つずつヒビや欠けがないかチェックして。あと、コースターは水滴でふやけないように、厚紙にラミネートをかける方針でいくわ」
腕まくりをした小春が、手帳を片手にテキパキと指示を飛ばしていた。
大輝は「了解!」と威勢よく叫びながら段ボールを解体し、美羽と蓮、日向が手分けしてパフェグラスやコーヒーカップの仕分けを進めている。
そんな賑やかな喧騒の端、窓際の席に湊と紬は並んで腰を下ろしていた。
買ってきた和紙の包みを開き、机の上に数種類の紙を広げる。
「これ、実際に万年筆と水性ペンで書いてみようか」
湊が筆箱からペンを取り出し、紬に手渡す。
紬は少し緊張した面持ちでペン先を紙に落とし、手帳の文字を真似るように『珈琲』と小さく書き入れた。
「……あ、少し滲みますね」
「でも、この滲み方、味があっていいかも。こっちの滑らかな紙だと、すごくシャープに出るね」
「表紙はこっちの少し厚い和紙にして、中のメニューは少し薄い方に綴じるとか……どうでしょうか」
「うん、すごくまとまりそう」
湊が指先で紙の端を揃えていると、紬が身を寄せるようにして紙を覗き込んだ。
「……あ、しおり紐をつけたらどうかな」
「それ、すごくいいね。一気に本物っぽくなる」
紬は嬉しそうに頷き、手帳に『しおり紐』と書き足した。
ひと通りの確認を終えたあと、みんなで学校の近くにあるファミレスへと向かった。
大輝が注文した山盛りのフライドポテトをつまみながら、ドリンクバーのグラスを並べて他愛のないおしゃべりが続く。
小春の愚痴に大輝が言い返し、蓮と日向がそれに笑い、美羽が楽しそうに場を回す。
気がつけば窓の外はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
――帰宅して、自室のドアを閉める。
手洗いを済ませて部屋に戻ったところで、机の上のスマートフォンが短く震えた。
画面を見ると、トークの通知が一件。
『デートどうだった?(・∀・)』
ニヤリと笑う猫のスタンプが添えられていた。
「もう……」
紬は小さく唇を尖らせ、あっかんべーと舌を出しているウサギのスタンプをひとつだけ選び、送信ボタンを押した。
スマホを握ったまま、吸い込まれるようにベッドへと倒れ込む。
バフッと顔を埋めたシーツが、ひんやりと冷たい。
そのまま頬を押しつける。
(……あ)
冷たさに触れて初めて、自分の顔や首筋がじんわりと熱を帯びていることに気がついた。




