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第29話 制服

秋分の日の駅前広場は、朝から祝日特有の賑やかさに包まれていた。

大きなスーツケースを引きずりながら案内板を見上げる外国人観光客の姿や、行楽地へ向かう家族連れが足早に行き交っている。


待ち合わせの時間は十時。だが、紬は三十分も前に改札前の時計台の下に立っていた。

落ち着かない足取りで小さくステップを踏み、手にしたバッグの持ち手をぎゅっと握りしめる。


行き交う人波をぼんやりと眺めながら、紬は昨晩のメッセージを思い出していた。




《明日、瀬尾くんと二人で買い物に行くことになったよ》


そう打ち込んだ瞬間、画面の向こうからはすぐに『えっ!?』と驚きのスタンプが飛んできた。


《何を着ていけばいいか分からなくて……》


『制服でいいんじゃない? 買い出しなんでしょ?』


《でも……男子と二人で出かけるのなんて生まれて初めてだし、制服で浮かないかなって……》


『ふーん? 私だって男子とデートなんてしたことないから分からないけど』


《デートじゃないよ! 文化祭の準備!》


『じゃあ、制服でいいじゃない。なーんだ』


少し意地悪そうにからかわれ、結局、紬はアイロンをきっちりかけた学校の制服を選んで家を出てきたのだった。


けれど、休日のおしゃれな私服の人々の中に一人だけ制服で立っていると、やっぱり場違いだったのではないかと不安が込み上げてくる。




「……白石さん?」


不意に横から声をかけられ、紬は小さく肩を跳ねさせた。

振り返ると、息をわずかに乱した湊が立っていた。

学校の制服姿だ。


「待たせてごめん。早いね」


「あ……ううん! 私、早く着きすぎちゃっただけで……」


湊の姿を上から下まで見つめ、紬の口から思わず本音がこぼれ落ちた。


「……よかったぁ」


「え?」


湊がきょとんと首を傾げる。

紬はハッと我に返り、「な、なんでもないです!」と両手をぶんぶんと振って顔を真っ赤にした。

湊は不思議そうにしながらも、それ以上は追及せず、「行こうか」と歩き出した。


駅から少し外れた裏通りへ入ると、喧騒が嘘のように静まり返った。

目的の老舗和紙店は、瓦屋根の落ち着いた佇まいでひっそりと暖簾を掲げていた。

引き戸を開けて中に入ると、独特の乾いた紙の香りと静寂が二人を包み込む。棚には色とりどりの千代紙や便箋、微妙に手触りの異なる大判の和紙が整然と並んでいた。


紬は手帳のメモと見比べながら、棚の一角に並ぶ生成り色の紙を指先でそっと撫でた。


「……瀬尾くん、これ、どうですか? 少しざらざらしていて、神保町のお店の紙に似てる気がします」


湊が横に並び、紙の端を軽くつまんで光にかざす。


「うん、すごくいい雰囲気。……ただ、少し繊維が粗いから、インクジェットで印刷すると文字が滲むかもしれない。こっちの少し滑らかな方が、表紙の印刷は綺麗に出るかも」


「あ、そっか……。じゃあ、こっちは?」


紬が少し迷うように視線を落とすと、湊は柔らかく笑った。


「いや、白石さんが最初に選んだ方も、何枚かサンプルで買って試してみよう。手書きでメニューを書くなら、むしろ滲みがある方が味になるかもしれないし」


「……いいのができるといいですね」


顔を見合わせて小さく微笑み合う。



厚手の和紙を丁寧に包んでもらい、店を出ると、秋の澄んだ風が二人の制服の裾を揺らした。

時計を見ると、ちょうど十一時を回ったところだった。


「じゃあ、学校に戻ろうか。みんなも集まってくるだろうし」


「うん!」


湊の言葉に、紬は迷いのない笑顔で頷いた。

薄い紙袋を大事そうに抱えながら、二人は並んで歩き出した。



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