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第26話 そんなの、分からない

自室の明かりを落とし、紬はベッドの上で小さく丸くなっていた。

使い慣れた枕に顔を半分埋めながら、手元のスマートフォンを開く。

画面の光が、薄暗い部屋の中でぼんやりと手元を照らし出した。


トーク画面を開き、メッセージを打ち込む。


《今日、東京行ってきたよ》

《すごく疲れた……》

《でも、すごく素敵な喫茶店あった》


すぐに既読がつく。


『おかえりー! お疲れさま』

『いいなー! 写真は?』


紬はギャラリーから何枚か選んで送信した。

木目調のカウンター、琥珀色のペンダントライト、レースのカーテンから差し込む光。


『わ、レトロでかわいい! 本物って感じするね』


《うん。内装のスケッチもたくさん描いたよ》

《大輝くんはずっとマッチ箱集めてて、神崎さんはもうシフト表作ってた》


『ふふ、みんな元気そうだね』


《橘さんも佐々木くんも森さんも、ずっと楽しそうだった》


ポンポンと並ぶ文字。

けれど、送信したあとの指先が、キーボードの上でぴたりと止まった。


画面を見つめたまま、数秒。

打っては消し、打っては消して、言葉がまとまらない。

神保町の古書店の前。

並んで歩いたときの息苦しさと、湊の少し低くなった声が、耳の奥から離れてくれない。


息を一つ吸い込み、短い一文だけを送った。


《……あとね》


『ん? どしたの?』


送信の吹き出しを見つめる。

心臓が不規則に脈打つ。言うべきか、迷う。

けれど、このまま何も言わずに画面を閉じる気にもなれなかった。




《瀬尾くんの、中学のとき好きだった人に会った》


送信した瞬間、画面が静止した。

少しの間があってから、立て続けに通知が跳ねる。


『え?』

『待って』

『ちょっと待って、情報量多くない!?』

『瀬尾くんって、あの隣の席の?』

『ていうか、なんでその子と会ってるの!?』


画面の向こうの混乱がそのまま文字になって押し寄せてくる。

矢継ぎ早に送られてくる疑問符を見ながら、紬は小さく唇を噛んだ。


《東京駅で、待ち合わせしてたみたいで……》

《午前中、二人で出かけてた》


文字にして送ると、また少しの間が空いた。

画面の向こうで、深く息を吐いた気配が伝わってくる。


やがて、落ち着きを取り戻した短いメッセージが届いた。


『……そっか』

『で、つむは?』


《え?》


『その「好きだった子」って聞いて、つむはどう思ったの?』


画面に並んだ問いかけを見つめながら、紬は言葉を失った。


どう思ったか?


紬は毛布を顎まで引き上げ、スマートフォンの画面を暗闇にかざしたまま、ゆっくりと指を動かした。




《……そんなの、分からないよ》



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