第23話 重なる視線
車内は休日だというのにそれほど混んでいなかった。
「ねえ、湊!」
隣から袖を引かれ、湊は先ほど交わした視線の余韻から我に返る。
遥が見上げるようにして、いたずらっぽく目を細めている。
「なんか背、伸びた? 私、中学のときよりも顔をあげて話してる気がする」
「そうかな。……少しだけ伸びたかも。遥は……髪、伸びたね」
「中学のときは短めのボブだったもんね。高校入ってから伸ばして、今日、初めて巻いてみたのー」
ふわりと揺れる毛先を手で払いながら、遥は満足そうに笑った。
記憶の中の彼女とは違うシルエット。けれど、無邪気に笑う仕草や声のトーンは、あの頃のままだ。
「それにしてもさっきの人、ずいぶん若い先生だね。すっごいテキパキしてて、ちょっと怒られるかと思っちゃった」
「ぷっ。……先生じゃないよ。同じクラスの、神崎さん」
「えっ、同級生!? うそ、めちゃくちゃしっかりしてて先生かと思った!」
声を上げて笑う遥に引っ張られるように、湊も頬を緩めた。
吉祥寺に着いてからは、駅前の見慣れたチェーン店のカフェに入り、窓際の席に腰を下ろした。
アイスコーヒーのグラスに水滴が滲んでいくのを眺めながら、他愛のない話が続く。
それぞれの高校の文化祭の話、共通の同級生の近況。他愛もない話題を交わしているうちに、二人は自然と井の頭公園へと足を向けた。
休日の公園は、家族連れやカップルで賑わっていた。
木漏れ日が差す池のほとりを、並んで歩く。水面を滑るスワンボートを眺めながら、遥がふと思い出したように口を開いた。
「懐かしいね。中学のとき、都民の日に二人で制服ディズニー行ったの覚えてる?」
「……覚えてるよ」
「学校は休みだからさ、クラスの子たちにばったり会っちゃってさ。『え、お前ら付き合ってんの!?』ってすっごい騒ぎになって。湊、顔真っ赤にして逃げようとしてたよね」
「そりゃ、あんなふうに冷やかされたら誰だって焦るよ」
「あはは、楽しかったなー」
遥は懐かしそうに笑いながら、舗装された道を軽やかな足取りで進んでいく。
隣を歩く彼女の笑顔を見つめながら、湊はふと、思いを巡らせていた。
中学の頃、自分は確かに遥が好きだった。
いつも明るくて、気兼ねなく笑えて。
隣にいるだけで楽しくて、もっと一緒にいたいと思っていた。
あの気持ちまで、今さら嘘にする必要はない。
池を一周し、賑わう商店街を抜けて吉祥寺の駅前まで戻ってきた。
改札の前で足を止めると、遥がくるりと振り返った。
「じゃあ、私こっちだから。今日はありがとね、湊」
「うん。急だったけど、話せてよかったよ」
「またメッセージ送ってよね! 文化祭、頑張って!」
「うん。遥も」
手を振る遥の姿が、人混みの向こうへ小さくなっていく。湊はその背中が見えなくなるまで、しばらくそこに立っていた。
「……じゃあね」
そして小さく呟いて、踵を返した。
湊は息を整え、総武線の黄色い帯が走るホームへと階段を駆け上がった。
神保町へ向かうための指定の乗り場。
エスカレーターの近くで立ち止まり、手元の時計を確認する。合流予定の時間までは、あと数分。
ガタゴトと機械音が響くエスカレーターの吹き抜けを、何気なく見下ろした。
上がってくる人の波。
その中に、見覚えのある一団が見えた。
大輝の健康そうな顔、横で文句を言ってそうな小春、美羽、蓮、日向――。
そして。
その輪の中で、手帳を胸に抱えるようにして立っている、紬の姿があった。
人混みの中から、湊の視線は無意識に彼女の姿だけを拾い上げていた。
ステップが上がりきり、紬がふと顔を上げる。
雑踏の真ん中で、二人の視線が、重なり合った。




