第22話 交錯する視線
新幹線の車内は、午前中から早くも修学旅行のような熱気を帯びていた。
進行方向を向いた座席には大輝、美羽、紬が並んで座り、通路を挟んだ四人掛けの席に小春、蓮、日向、そして湊が向かい合って腰を下ろしている。
「おい蓮、これ見てみろよ! 神保町の一軒目、プリンアラモードが船みたいな皿に乗って出てくるらしいぞ!」
「マジか、俺、そっちに行きたい!絶対それ頼む。小春ちゃん、予算ってどこまで出るの?」
「一人一品までよ。領収書は必ずもらって、後で精算するから無くさないでね」
手帳を開いてテキパキと指示を出す小春と、すでに食べ歩き気分で盛り上がる男子たち。
シートから身を乗り出して、美羽が「そういえばさ、みんなディズニーって行ったことある?」と話題を振った。
「俺は去年家族でディズニー行ったぜ! スペースマウンテン三回乗った!」
「浅井くんの感想はいいから。白石さんは?」
「あ、私は……小さい頃に一度だけ、連れて行ってもらった記憶があるくらいです」
「ふーん、東京に住んでいてもあまり行かないもんなんだね。……瀬尾くんは?」
不意に話を振られ、窓の外を流れる景色をぼんやりと見つめていた湊は、小さく肩を揺らした。
「え……あ、僕も……一度だけ、行ったことあるよ」
「へえ、誰と?」と大輝が身を乗り出しかけたが、湊はそれ以上言葉を続けず、曖昧に視線を落とした。
昨晩のやり取りが頭から離れず、ポケットの中にあるスマートフォンの重みが、ずっと太ももに鉛のようにのしかかっていた。
ふと視線を感じて顔を上げると、通路を挟んだ斜め前の席から、紬がじっとこちらを見ていた。
目が合うと、紬は心配そうに眉を寄せ、気遣うようにそっと視線を伏せた。
――やがて新幹線は東京駅のホームへと滑り込んだ。
人の波を縫うようにして改札を抜け、小春を先頭に中央線の高架ホームへと長いエスカレーターを上がる。
吉祥寺へ向かう快速電車を待つホームの列に並んだとき、背後から遠慮がちな足音が近づいてきた。
「……瀬尾くん」
振り返ると、紬がすぐ後ろに立っていた。
大輝たちが少し離れた自動販売機の前で騒いでいる隙に、紬は落ち着かない様子で湊を見つめていた。
「あの……さっきの新幹線から、ずっと元気がないみたいですけど……何か心配事でもあるんですか?」
真っ直ぐで、澄んだ瞳。
「うん。ありがとう」
心配をかけていたことに、今さら気づいた。
このまま何も言わずにいるのは、やっぱり違う気がした。
湊は小さく息を吸うと、少し先を歩く小春の背中を呼び止めた。
「……神崎さん」
列の先頭にいた小春に声をかける。小春が「何?」と振り返った。
「実は……このホームで、中学時代の友達と待ち合わせしてるんだ」
「え?」
「吉祥寺までの移動の間だけでいいから……別の車両に乗って、その子と話す時間をくれないかな。吉祥寺に着いたら、ちゃんと合流するから」
突然の申し出に、小春だけでなく戻ってきた大輝たちも目を丸くした。
気まずさに湊が俯きかけた、その時だった。
「――湊!」
人混みの向こうから、聞き覚えのある明るい声がホームに響いた。
駆け寄ってきたのは、白いブラウスにふわりとしたスカートを合わせた少女だった。
毛先を軽く巻いた髪を揺らし、息を切らしながら湊の前で立ち止まる。
高梨遥だった。
「よかった、間に合った! 東京駅広いから迷っちゃうかと思ったよ」
満面の笑みを浮かべる遥に、チーム全員の視線が一斉に突き刺さった。
一瞬の静寂。大輝がぽかんと口を開け、美羽が「えっ」と小さく声を漏らす。
待ち合わせの相手が女の子――それも、明らかに垢抜けた可愛らしい女子高生だったことに、場の空気が一変した。
その空気を察したのか、小春は手帳をパタンと閉じると、ため息混じりに眼鏡のブリッジを押し上げた。
「……いいわ。午前中は私たち六人で吉祥寺の三軒を回っておくから。瀬尾くんはそのお友達と過ごして、午後の神保町から合流しなさい」
「えっ、でも――」
「やったー! ありがとうございます!」
湊の服の袖を掴みながら、遥が屈託のない声で跳ねるように喜んだ。
小春は「電車の時間よ、行くわよ」と全員を促し、滑り込んできた中央線の別の乗車口へと歩き出す。
「おいおいおい、瀬尾のやつ……彼女かよ!?」
「すっごい可愛い子だったね……」
大輝や蓮、日向のヒソヒソとした声が遠ざかっていく。
開いたドアへと吸い込まれていくチームの背中。
その列の最後尾で、紬がふと立ち止まり、ほんの少しだけ――こちらを振り返った。
その視線と一瞬だけ交錯したあと、電車の扉が閉まった。




