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第18話 大変じゃ、ダメですか?

週が明けた放課後、一年三組の生徒たちはプロジェクター設備のある視聴覚室に集められていた。

カーテンが閉め切られた薄暗い室内。前方には大きなスクリーンが下ろされ、教卓の横にはストップウォッチを手にした担任の杉山が立っている。


「制限時間は一チーム五分、そのあと質疑応答を三分取る。準備はいいな? じゃあ先行、神崎チームから始めろ」


杉山の合図とともに、小春が壇上に上がった。

スクリーンに映し出されたのは、『一年三組 文化祭企画案:レトロ縁日通り』と整然としたフォントで書かれたスライドだった。


「私たちが提案するのは、体験型の縁日ゲームコーナーです。「目的は二点。『赤字を出さず確実に運営できることと、クラス全員の負担をできるだけ減らすこと』です」


淀みのない通る声。

小春が手元のリモコンを押すごとに、射的と輪投げのブース配置図、段ボールと百均資材で賄える予算書、そして生徒会への事前提出書類のスケジュールが次々と映し出される。

前半と後半にきっちり二分された当日のシフト表には、全員が二時間以上の自由時間を確保できる計算まで組み込まれていた。


「食品調理を行わないため保健所への届出は不要。火気も水も使わないため、設営も原状復帰も二時間以内に完了します」


小春が一礼してプレゼンを締めくくると、室内から「おぉ……」と感嘆の拍手が湧き起こった。

予想していたこととはいえ、あまりに隙のない完璧な発表だった。

客席で腕を組んでいた大輝は「ぐ、ぬぬ……」と喉を鳴らし、蓮も「あいつ、一人だけ就活生混ざってんじゃねえの……」と引きつった笑いを浮かべている。湊もまた、手元のノートPCのキーボードに置いた指先が、冷たく強張るのを自覚していた。


「よし、じゃあ次は浅井チーム。準備しろ」


杉山の声に促され、壇上に向かったのは美羽だった。

スクリーンに映し出されたタイトルは――『昭和レトロ純喫茶 珈琲・白百合』。

湊が週末を削って仕上げたスライドだ。アンティーク調の落ち着いた配色に、木目調のカウンターやレンガ柄の壁紙で覆われた教室の完成予想パース、そしてメインメニューのクリームソーダの試作イメージが鮮やかに浮かび上がる。


「私たちが提案するのは、教室丸ごとを別世界に変える『昭和レトロ純喫茶』です」


美羽の堂々とした第一声が響いた。

小春の冷静なプレゼンに対し、美羽は感情を引き込むのが抜群に上手かった。

薄暗い照明とレコードのBGMが流れる空間設計、校内を歩き疲れた他クラスの生徒や保護者が座って休める需要の高さ、そして何よりSNSや口コミで話題を呼ぶ圧倒的な「写真映え」。

スライドがめくられるたび、生徒たちの目が輝き、教室のあちこちから「すげえ」「めっちゃお洒落じゃん!」と歓声が上がる。


だが、美羽が最後のスライドへ進み、運営計画に触れた瞬間、室内の空気がわずかに変わり始めた。


「……以上が企画の概要です。なお、机と椅子の調達、壁紙の貼り付け作業、および保健所の衛生基準を満たすための事前調理講習に、準備期間の放課後を充てる必要があります」


五分のタイマーがピピピと鳴り、杉山が手を叩いた。


「はい時間だ。じゃあ質疑応答に入る。質問あるやつ」


真っ先に手が上がった。小春チームの男子生徒だった。


「あのさ、見た目はめちゃくちゃいいと思うんだけど……準備、めちゃくちゃ時間かからない? 壁紙全部貼ってたら、放課後毎日残ることになるよね」


それを皮切りに、客席のあちこちから現実的な懸念が飛び交い始める。


「当日のシフトもさ、これ調理と接客で人手足りるの? 縁日みたいに交代で遊ぶ時間、ほとんど取れなくない?」

「食品衛生の講習、受けに行くの誰よ。めんどくさくない?」

「小春ちゃんの案なら楽だし、リスクないのに……」

「俺、部活もあるから毎日は残れないんだけど、その辺どうする?」


ざわめきが徐々に否定的な空気へと傾いていく。

楽しそうだけれど、大変すぎる。

負担を背負いたくないというクラスの大半の空気が、じわじわと美羽を包囲していった。


「そ、それは……シフトを効率化すれば、一人あたりの負担は減らせるように調整できますし……」


さすがの美羽も、集中砲火を浴びて言葉を詰まらせた。

論理で言えば、相手の言う通りなのだ。手間がかかることも、楽じゃないことも、すべて事実だった。


このままでは、負ける。

重苦しい沈黙が広がり、杉山が「質問は以上か? じゃあ採決に――」と口を開きかけた、その時だった。


ガタッ、と湊の隣で椅子が鳴った。


「あ、あの……!」


紬が立っていた。



両手を固く握りしめ、肩を小刻みに震わせながら、まっすぐに誰かに視線を合わせるわけでもなく前方を見つめている。


顔は真っ赤で、呼吸も浅く乱れていた。

普段なら人の輪の後ろに隠れてしまいそうな少女が、喉の奥から絞り出すようにして、視聴覚室の全員に届く声を張り上げた。


「大変じゃ……ダメですか?」


張り詰めた空気の中、ぽつりと落とされたその一言。

教室内の生徒全員の視線が、息を呑むようにして、一斉に紬へと突き刺さった。

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