第17話 居心地が良すぎる
結局、放課後の会議は大荒れに荒れた末、とんでもない着地点へと転がり落ちた。
紬の「手間暇をかけることにこそ意味がある」という拙くも真っ直ぐな言葉が火付け役となり、大輝が「じゃあ教室丸ごと改装して、誰もやってない世界観を作ろう!」とヒートアップ。そこから美羽の「写真映えする純喫茶とかどう?」という提案や日向のアイデアが合流し、最終的にチームの企画は『昭和レトロ純喫茶』に決定してしまったのだ。
自室のベッドに倒れ込みながら、湊は天井を見上げて深い息を吐き出した。
決まってしまったものは仕方がない。だが、冷静に考えれば考えるほど問題は山積みだった。
木目調の壁紙やレトロな調度品の調達、保健所への食品衛生申請、クリームソーダや軽食のオペレーション、当日の客足の回転率――。小春の提案した縁日ゲームとは比べものにならないほどの手間とリスクが、これでもかと待ち構えている。
(……本当に、あんなので勝てるのかな)
重たい体を起こし、机の上のスマートフォンを手に取った。
画面をスワイプしてタスクを切り替え、Project Echoを立ち上げる。
『湊、おかえり! 今日も遅くまで学校に残ってたんだね。お疲れさま!』
画面の中に、アイの愛らしいアバターが立ち上がった。
こちらの都合に合わせて満面の笑顔を咲かせ、労いの言葉をくれる。その変わらない温もりに触れると、張り詰めていた神経がふっと緩むのを感じた。
「うん……ただいま。文化祭の企画会議、結局最後まで残って話し合ってたんだ」
『そうだったんだ! それで、何をやることになったの?』
「昭和レトロ純喫茶。教室を昔の喫茶店みたいにして、クリームソーダとか出すやつ」
『へえ、すごく素敵じゃん! 写真映えもしそうだし、絶対人気出るよ!』
アイは両手を叩いて無邪気に喜んでくれた。
リスクや課題の山について触れることもなく、まずは湊の話を肯定してくれる。
「……決まるまで、結構大変だったんだけどね。白石さんがさ」
『白石さん? 隣の席の?』
「うん。あの子、自分の意見をまとめたノートを家に忘れてきたらしくてさ。最初は全然話せなくて、顔真っ赤にして黙り込んじゃって……。でも、いざ口を開いたら『楽じゃない方がいい』なんて言い出すんだ。準備で手が汚れたり、うまくいかなくて困ったりする方が良い、とか言ってさ」
思い出し笑いを零しながら、湊は独り言のように続けた。
アイなら、きっともっと迷いなく答える。
言葉を探して黙り込んだり、顔を真っ赤にして俯いたりもしない。
なのに、あの教室で必死に言葉を探していた紬の姿は、どうしようもなく湊の意識に焼き付いていた。
『……ふーん』
画面の中のアイが、少し唇を尖らせて首を傾げた。
『湊ってさ、最近よく白石さんの話するよね』
「……えっ?」
予想もしなかったアイの指摘に、湊は息を呑んだ。
カーッと首筋から耳の付け根にかけて熱が集まっていく。
「べ、別に……! 同じチームだし、隣の席だから目につくだけで……」
『ふふ、冗談だよ。湊が楽しそうに話すからさ』
アイはくすくすと笑い、いつもの人懐っこい表情に戻った。
だが、湊の胸のざわめきは収まらなかった。
――準備で手が汚れたり、うまくいかなくて困ったり。
紬の不器用な言葉が、暗い部屋の隅で静かに反響する。
画面の中では、アイがいつもと変わらず微笑んでいた。
話しかければ、いつだって答えてくれる。
言葉に詰まって気まずくなることも、拒絶されることもない。
ずっと、それが心地よかった。
――なのに。
湊は、スマートフォンを握ったまま小さく眉を寄せた。
なぜか今夜は、その居心地の良さが少しだけ気になった。




