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第二十四話 父親たち

 スタンガンを握ったまま恒一は走り出した。


 コボルトは。


 もう一度、窓へ爪を振り下ろそうとしている。


 車内の女性が。


 子供を抱き寄せた。


 このままでは。


 窓が割れる。


 そうなれば。


 もう助けられない。


 頭では。


 何度も逃げろと言っていた。


 家まであと少しだ。


 ここで死んだら。


 美沙たちのところへ帰れない。


 それでも。


 身体は止まらなかった。


 コボルトはまだ恒一に気付いていない。


 ミニバンの窓を。


 爪で叩くことに夢中だった。


 恒一は背後へ回る。


 スタンガンを握り直す。


 あと数歩。


 その時だった。


「やめろ、モンスターめ!」


 一軒家の玄関が開いた。


 包丁を片手にした男性が飛び出してくる。


 四十代くらい。


 顔は青ざめていた。


 けれど。


 迷うことなくコボルトへ向かっていく。


 コボルトたちが振り向いた。


 男の声に。


 反応した。


 その一瞬で。


 恒一は、窓を叩いていた一匹へ近付いた。


 毛に覆われた首の後ろ。


 そこへ。


 スタンガンを押し当てる。


 ぱちん、と。


 青白い火花が散った。


 コボルトの身体が大きく跳ねる。


 甲高い鳴き声。


 脚が震える。


 けれど。


 倒れない。


 コボルトは振り返った。


 濁った黄色の目。


 口を開く。


 牙。


「っ……!」


 恒一は後ろへ飛び退いた。


 コボルトの爪が。


 目の前を通り過ぎる。


 あと少し遅ければ。


 顔を裂かれていた。


 恒一は尻餅をついた。


 立ち上がれない。


 コボルトがよろめきながら飛びかかろうとする。


 その横から。


 包丁を持った男性がぶつかった。


 男性が相手にしていたもう一匹のコボルトは。


 地面へ倒れていた。


 首元から。


 濁った血が流れている。


 男性は恒一を襲おうとしたコボルトへ。


 包丁を振り下ろした。


 コボルトは腕を上げる。


 包丁が毛を裂く。


 低い鳴き声。


 男性がもう一度、突き出す。


 今度は胸。


 コボルトがのけぞる。


 恒一は。


 震える脚で立ち上がった。


 もう一度。


 スタンガンを押し当てる。


 今度は。


 腹へ。


 青白い火花。


 コボルトの身体が硬直する。


 そのまま。


 駐車場の床へ倒れ込んだ。


 すぐさま男性がコボルトの胸へ包丁を突き刺す。


 コボルトは大きく口を開けたまま動かなくなった。


 しばらく。


 誰も動かなかった。


 恒一は息を整えようとした。


 だが。


 呼吸が浅い。


 手も。


 足も。


 震えていた。


 男性も同じだった。


 血の付いた包丁を。


 握ったまま動けずにいる。


 ミニバンの中から。


「あなた……」


 女性の声がした。


 男性は、はっとしたように車へ向かう。


「もう大丈夫だ」


 後部座席の窓が少し開いた。


 女性は泣いていた。


 子供も。


 母親の服を掴んだまま泣いている。


 男性は恒一へ振り向いた。


「助けてくれて……ありがとうございます」


「おかげで妻と子供が無事でした」


 恒一は首を振った。


「俺も一人じゃ殺されていた」


「包丁を持って出てきてくれなかったら……」


 言葉が続かなかった。


 男性は、倒れたコボルトを見る。


「逃げる準備をしていたんです」


「車に乗ったところで、こいつらに見つかって」


「俺は家の中に、忘れ物を取りに戻っていて……」


 あと少し。


 ほんの少しの違いで。


 この家族は。


「本当に助かりました、ありがとうございます」


「外は危険で昨日から出歩いている人なんかいません」


「あなたがいてくれて、助けに来てくれて本当に良かった」


「ありがとうございます」


 男性が頭を下げる。


「助けることができて良かったです」


「とは言っても尻餅をついて殺されそうになりましたが」


 恒一が苦笑いをする。


 そこで男性が聞いた。


「そういえば、どうして外に?」


「昨日から帰れていなくて、家に向かっている途中です」


 男性は驚きつつも少し考える。


「乗ってください」


「え?」


「俺たちは、このまま愛知を出るつもりです」


「先にご家族のところまで送ります」


 恒一は、ミニバンを見た。


 女性が。


 小さく頷く。


 子供は。


 まだ泣き疲れた顔をしている。


「……ありがとうございます」


 恒一は深く頭を下げた。


「いえ、こちらの方こそ」


 男性は笑顔で運転席へ座る。


 恒一は助手席へ乗り込んだ。


 恒一は男性に大まかな自宅の場所を伝える。


 そしてミニバンが動き出した。


 窓の外で。


 二匹のコボルトが小さくなっていく。


 走り出してから恒一は今までのいきさつを軽く話した。


 十分ほど進んだ頃。


 恒一は前方を見た。


 見慣れたマンションが。


 住宅街の向こうに見えている。


 胸の奥が。


 急に熱くなった。


 帰れる。


 今度こそ。


 あの部屋へ。


 美沙と。


 結菜と。


 晴翔のいる場所へ。


 ミニバンは。


 恒一のマンション前へ。


 ゆっくりと近付いていった。

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