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第二十二話 線路の上の孤独

 恒一は、歩き続けた。


 高架の線路の上を。


 港区の方角へ。


 一歩。


 また一歩。


 枕木は歩きにくい。


 一定の間隔で並ぶ木材と金属の上を、足を取られないよう進む。


 線路脇の砂利が靴底へ入り込む。


 足首が痛む。


 太腿も重い。


 知立から逃げ。


 自転車で進み。


 蜂に捕まり。


 名古屋駅まで運ばれた。


 今度は。


 高架の上を歩いている。


 自分でも、何をしているのか分からなくなりそうだった。


 ただ。


 止まれば駄目だと思った。


 止まれば。


 自衛隊の保護キャンプへ戻るべきだったのではないか。


 そんな考えが浮かぶ。


 そして。


 その考えに負けたら、もう歩けなくなる気がした。


 だから前だけを見る。


 しばらく進むと、最初の駅が見えてきた。


 ホーム。


 屋根。


 案内表示。


 普段なら、電車を待つ人がいる場所。


 今は誰もいない。


 恒一は駅のホームへ上がった。


 線路の上よりは、少しだけ落ち着ける。


 屋根がある。


 柱がある。


 空から見つかりにくいかもしれない。


 けれど、完全に安全ではない。


 怪物が上がってくる可能性のある場所。


 恒一はホームを見回した。


 人影はない。


 血痕もない。


 壊れたものもない。


 ただ、停止した駅だけがある。


 それがかえって怖かった。


 ここにいた人たちは、どこへ行った。


 避難できたのか。


 それとも。


 もっと早く怪物に見つかり、連れて行かれたのか。


 考えたくなかった。


 恒一はホームの時計を見る。


 十時三十分。


 朝七時頃に佐伯家を出発して、順調にいけば家族が待つ家に到着している時間だった。


 ため息をつき、空を眺める。


 スマートフォンを見ることはしなかった。


 リュックの中に、充電器も予備の水も入れていた。


 この先何があるかわからない。


 充電が残っている状態を維持したい。


 だから今は確認しない。


 緊急の連絡が来るかもしれない時まで。


 少しでも残しておきたかった。


 恒一は、再び線路へ下りた。


 しばらく歩いて、駅へ上がり、休憩して、また線路へ下りる。


 その繰り返しだった。


 駅だけが、この高架の上で唯一息をつける場所だった。


 屋根の下へ入り。


 ホームから改札へ下る階段の奥を見て。


 地上から何かが上がってこないか確認してから一息つく。


 そして。


 線路に降り、何もいないことを祈りながら、次の区間へ進む。


 風は強いままだった。


 空は晴れている。


 昨日の朝と同じように。


 青かった。


 あの日も。


 最初は何も変わらないと思っていた。


 恒一は、空を見上げた。


 裂け目は見えない。


 けれど。


 どこかにある。


 岡崎の方角に。


 怪物を吐き出し続ける、異世界への穴が。


 そこから出てきたものが。


 愛知を中心に広がっている。


 家族のいる港区にも。


 いつ現れてもおかしくない。


 その考えが、恒一の足を動かした。


 どれほど歩いたのか。


 時間の感覚がなくなっていた。


 喉が渇く。


 少しお腹が空いてきた。


 身体が重い。


 足を前へ出すたびに、膝が笑う。


 それでも。


 次の駅が見えるたび。


 ほんの少しだけ安心した。


 ここまで来た。


 まだ進めている。


 家に近付いている。


 そう思えるからだった。


 やがて。


 前方に見覚えのある駅名が見えた。


 中島駅。


 恒一はホームへ上がり、息を整えた。


 ここまで来た。


 名古屋駅から約二時間。


 線路を歩いて。


 怪物に見つからずに。


 ここまで。


 ホームの端から、先を見た。


 まだ港区の家まではそれなりに距離がある。


 けれど。


 近付いている。


 あと二駅で家から一番近い駅に着く。


 このまま進めばあと一時間程で家にたどり着く。


 恒一は、もう一度だけ周囲を見回した。


 空。


 ホーム。


 階段。


 線路。


 何もいない。


 少なくとも、今は。


 恒一は線路へ下りた。


 中島駅を後にする。


 そして。


 三分ほど歩いた頃だった。


 前方の線路の上に。


 何かが見えた。


 小さい影。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 恒一は足を止めた。


 緑色の皮膚。


 小柄な身体。


 長い腕。


 手には、何かを持っている。


 ゴブリンだった。

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