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第十三話 愛知の戦闘

 夕食は乾パンだった。


 缶を開ける音だけが、静かなリビングに響く。


「ごめんなさいね。本当なら温かいものを出したいんだけど……」


 佐伯の妻、美奈が申し訳なさそうに笑った。


 恒一は首を横に振る。


「いえ、十分です。食べられるだけでもありがたいです」


 それは本心だった。


 今日一日でまともに食事らしい食事はしていない。


 ホームセンターで貰った菓子パンも途中で食べただけだった。


 乾パンを口へ運ぶ。


 固い。


 だが、不思議と嫌ではなかった。


 生きている。


 それを実感できる味だった。


 高校二年生の長女、莉央が乾パンを齧りながら小さく呟く。


「パパ、防災訓練の時と同じ味だね」


「そうだな」


 佐伯は苦笑した。


「まさか本当に備蓄を食べる日が来るとは思わなかったよ」


 隣では小学二年生の次女、結衣が首を傾げる。


「もう普通のご飯食べられないの?」


 美奈は優しく頭を撫でた。


「今日は我慢ね。匂いに気付いたモンスターが家を襲ってきたら大変だから」


「うん……」


 結衣は小さく頷いた。


 その姿を見て、恒一は胸が締め付けられた。


 美沙も。


 結菜も。


 晴翔も。


 今頃、同じように夕食を食べているのだろうか。


 いや。


 食べられているだろうか。


 無事だとは電話で確認できた。


 それでも心配は消えなかった。


 リビングにはテレビの音だけが流れている。


 どの局も同じだった。


 特別報道。


 通常番組はすべて中止。


 画面の端には赤い帯で速報が流れ続けている。


『異世界生物の目撃情報』


『不要不急の外出は控えてください』


『政府は緊急対策本部を設置』


 画面の中でも。


 誰もが疲れ切った表情をしていた。


 アナウンサーも。


 現場の記者も。


 専門家と呼ばれる人達も。


 状況を説明している。


 しかし。


 理解できているようには見えなかった。


 当然だ。


 誰も経験したことがない。


 未知の災害だった。


 夕食を終えた恒一は、テレビの前へ少し身を乗り出した。


 画面が切り替わる。


 上空から撮影された映像だった。


『現在、岡崎市では自衛隊による救助活動及び異世界生物への対応が続いています』


 ヘリコプターからの映像らしい。


 岡崎市内。


 道路には放置車両。


 所々から黒煙が上がっている。


 建物も崩れていた。


 今日の朝までは。


 何も変わらない街だったはずだ。


 それが数時間で。


 戦場になっていた。


「ひどいな……」


 佐伯が小さく漏らす。


 誰も返事をしなかった。


 画面がさらに切り替わる。


 今度は地上からの映像だった。


 道路の向こう。


 迷彩服を着た自衛隊員達が展開している。


 隊員達は素早く遮蔽物へ身を隠しながら前進していた。


 その後方には装甲車。


 さらに戦車の姿も見える。


 移動中には見かけなかったが。


 陸上自衛隊も出動していたのだ。


 恒一は思わず息を呑んだ。


「戦車まで……」


 ニュースキャスターが続ける。


『現在、陸上自衛隊及び航空自衛隊が連携し、異世界生物への対応を行っています』


『詳しい被害状況は現在も確認中です』


 その時だった。


 画面の奥で何かが動いた。


 巨大な影。


 四足歩行。


 大型トラックほどの大きさがある。


 岩でできた皮膚を身に纏うゴリラのような生物が咆哮する。


 隊員達が一斉に銃口を向けた。


 発砲。


 銃声が連続する。


 曳光弾が一直線に飛ぶ。


 だが。


 巨大な生物は止まらない。


 戦車の砲塔がゆっくり旋回した。


 轟音。


 砲撃。


 爆炎。


 巨大な生物が吹き飛ばされる。


 土煙が舞う。


 数秒後。


 動かなくなった。


 リビングの空気が少しだけ緩む。


「倒した……」


 莉央が小さく呟いた。


 恒一も少しだけ息を吐いた。


 倒せる。


 人間の兵器は。


 まだ通用している。


 その事実だけで。


 希望が湧いた。


 しかし。


 画面の向こうでは。


 別の方向から再び複数の影が現れていた。


 隊員達が再び陣形を組み直す。


 戦闘は。


 まだ終わっていなかった。


 画面が切り替わった。


 今度は岡崎市中心部からの映像だった。


 そこに映ったものを見て。


 恒一は眉をひそめた。


 植物。


 だった。


 ただし。


 普通の植物ではない。


 道路を覆うように伸びた黒い蔓。


 建物の壁を這う巨大な葉。


 色も形も大きさも。


 知っている植物とは違う。


『岡崎市内では、このような未知の植物の発生も確認されています』


『原因は現在調査中です』


『こちらは昼間の映像です』


 映像の中。


 自衛隊員が近づく。


 次の瞬間。


 隊員が倒れた。


 攻撃されたようには見えない。


 ただ。


 突然。


 力が抜けたように。


「何だ……?」


 恒一が呟く。


 佐伯も画面を見る。


 数秒後。


 別の映像が流れた。


『皆さん、こちらの植物に不用意に近付くことはしないで下さい。次は現在の映像です。』


 ガスマスクを付けた隊員。


 その手には。


 火炎放射器。


 炎が植物へ向かって放たれる。


 異形の植物が燃えていく。


 しかし。


 その光景は安心できるものではなかった。


 燃やさなければならない。


 近づくだけで危険。


 そんな存在が。


 もう街の中に広がっている。


 恒一の背中に嫌な汗が流れた。


 もし。


 これが名古屋まで来たら。


 港区まで来たら。


 家族のいる場所まで。


 そこまで考えて。


 スマートフォンを握る手に力が入った。


 テレビの映像はさらに変わった。


 今度は名古屋市内。


 繁華街。


 栄。


 名古屋駅周辺。


 人が多かった場所。


 その分。


 被害も大きかった。


 上空を飛ぶ影。


 ワイバーン。


 そして。


 映画で見たティラノサウルスのような恐竜が道路を走る。


 画面が拡大される。


 四本の鎌。


 三メートルはある巨大な体。


 まるで悪夢のようなカマキリ。


 さらに別の映像。


 空を覆う黒い影。


 大量の蜂。


 一匹一匹が成人男性ほどの大きさ。


 群れで移動している。


 恒一は言葉を失った。


 自分達が見たものは。


 ほんの一部だった。


 愛知全体で。


 もっと多くの種類が出現している。


 だが。


 名古屋方面の映像には希望もあった。


 自衛隊が対応している。


 岡崎ほど異世界生物の数が多くないのか。


 戦況は人間側が押しているように見えた。


 少なくとも。


 戦えている。


 恒一は少しだけ息を吐いた。


 その時。


 スマートフォンが震えた。


 SNSの通知だった。


 恒一は無意識に画面を開いた。


 X。


 そこには大量の投稿が流れていた。


 個人が撮影した動画。


 写真。


 目撃情報。


 助けを求める投稿。


 嘘なのか。


 本当なのか。


 判断できないものも多い。


 だが。


 その中に。


 自分が今日見たものと同じものがいくつもあった。


 ワイバーン。


 ゴブリンやオーク。


 ヴェロキラプトルなどの恐竜たち。


 巨大昆虫。


 誰もが同じ現実を見ていた。


 その時だった。


「……嘘だろ」


 佐伯の声。


 低い。


 震えている。


 恒一は顔を上げた。


 テレビ画面。


 映像が切り替わっていた。


 岡崎市。


 空間断裂が発生している場所。


 かなり遠くから撮影しているのだろう。


 映像は粗い。


 音も聞き取りづらい。


 それでも。


 分かった。


 何かがいる。


 穴の向こう側から。


 ゆっくり。


 巨大な何かが姿を現していた。


 最初に見えたのは。


 頭だった。


 大きすぎる。


 二階建ての家ほどもある顔。


 画面越しでも分かる。


 圧倒的な存在感。


 そして。


 全身が現れる。


 翼。


 巨大な身体。


 鋭い爪。


 長い尾。


 恒一は息を止めた。


 知っている。


 誰もが知っている。


 物語の中で。


 ゲームの中で。


 最強の存在として描かれてきたもの。


「ドラゴン……」


 誰かが呟いた。


 それは。


 現実にいた。


 空間の向こうから。


 こちら側へ来ていた。


 世界が終わる。


 そんな考えが一瞬浮かんだ。


 ワイバーンとは違う。


 ゴブリンとも違う。


 存在そのものの格が違う。


 その時。


 空に戦闘機が現れた。


 三機。


 編隊を組み。


 一直線にドラゴンへ向かう。


 逃げない。


 止まらない。


 迎撃するためだった。


 同時に。


 地上の道路にも迷彩色の大型車両が展開していた。


 地対空ミサイル車両だった。


 車両からミサイルが次々と空へ向かって放たれる。


 白い煙の軌跡。


 上空の戦闘機と。


 地上の対空部隊。


 異次元の災厄に対して人類側はひるむことなく迎撃を始めた。


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