第11話「天を覆う断罪の予兆」
静寂を取り戻した広場に、微かな風が吹き抜ける。
土埃が舞い、先ほどの激闘の熱が少しずつ冷まされていく。
アルトは両膝を土につき、荒くなった呼吸を整える。
全身の筋肉が強張り、指先から熱が逃げていく感覚がある。
限界まで大地の力を引き出した代償は小さくない。
しかし、彼の胸の中にあるのは疲労よりも、この土地を守り抜いたという確かな実感だった。
転がっている使徒たちの体は、すでに光の粒子となって空気中に溶け始めている。
彼らを縛り付けていた翠玉の蔓も役目を終え、茶色く枯れて土へと還っていく。
ゼクスが足を引きずりながらアルトの傍らに歩み寄り、分厚い手を差し出す。
「見事な采配だった。貴殿の力がなければ、我らはあの一撃で灰になっていた」
アルトはその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
ゼクスの手のひらは岩のように硬く、力強い温もりに満ちている。
「あんたたちが前で耐えてくれたからだ。俺一人じゃ、あいつらの気を引くこともできなかった」
アルトが短く答えると、セリアが羊皮紙の束を胸に抱えながら近づいてくる。
彼女のドレスの裾は土に汚れ、所々が焦げているが、その歩みには一切の迷いがない。
青い瞳は空と地面を交互に見つめ、状況を冷静に分析している。
「喜ぶのはまだ早いかもしれないわ」
セリアの声が、広場の空気を引き締める。
アルトが視線を向けると、彼女は溶け消えようとしている使徒の残骸を指差した。
「彼らの体が消滅する過程で、エネルギーが上に昇っていく。まるで、自分たちが敗れたという情報を、さらに上位の存在に送っているみたいに」
アルトは空を見上げる。
青く澄んだ空の奥深くで、先ほど塞がったはずの空間の傷跡が、再びかすかに歪み始めているのが見える。
足の裏から伝わる大地の声も、完全に安堵してはいなかった。
地中深くの根たちは、怯えを完全に拭い去れず、何か巨大なものが来るのを待つように身を縮めている。
「次は、さっきの六人のような偵察部隊じゃない。本隊が来る」
アルトの言葉に、周囲に集まっていた村人たちの顔色が変わる。
しかし、誰も逃げ出そうとはしない。
彼らの目はアルトに向けられ、次に何をすべきかの指示を待っている。
ゼクスが折れた大剣を放り捨て、背中に背負っていた予備の戦斧を抜き放つ。
魔族の兵士たちも一斉に武器を構え、陣形を整え始める。
「本隊であろうと神であろうと構わん。我らの糧を奪う者は、すべてこの手で引き裂く」
ゼクスの黄金色の瞳が、戦意で赤く燃え上がる。
アルトは首を振る。
「彼らは光そのものを操る。物理的な武器だけじゃ通用しない。セリア、村の防衛網の再構築は間に合うか」
セリアは羊皮紙を一枚めくり、羽ペンを素早く滑らせる。
「物理が通じないなら、環境そのものを変えればいい。彼らは光を直進させる性質があるわ。なら、光を屈折させるほどの高湿度の障壁を作れば、攻撃の威力を削ぐことができる。それに、彼らが地上に降り立った瞬間の足元を崩す罠も必要ね」
「わかった。なら、俺はそれに必要な植物を用意する」
アルトは再び土の上にしゃがみ込む。
空の歪みが急激に大きくなり、大気が不気味に震え始める。
太陽の光が遮られ、村全体が薄暗い影に覆われる。
空の中心に、先ほどとは比べ物にならないほど巨大な亀裂が走る。
そこから姿を現したのは、人間ほどの大きさの使徒ではない。
純白の金属で覆われた、巨大な浮遊する建造物だった。
神殿のような形をしたその物体は、周囲の空気を焼き焦がしながらゆっくりと降下してくる。
神殿の周囲には、何百という使徒たちが群れをなして飛んでいる。
その光景は、絶対的な力による蹂躙を予告していた。
アルトは目を閉じ、大地の最も深い場所、星の心臓とも言える脈動へと意識を伸ばす。
表面の土をいじるだけでは、あの神殿の重圧には対抗できない。
もっと深く。
もっと熱く。
アルトの意識が岩盤を抜け、煮えたぎるマグマの層をかすめ、大地の核へと到達する。
強烈な熱と生命の濁流が、彼の精神を焼き尽くそうとする。
しかし、彼はその流れに身を任せず、自分の意思で手綱を握る。
『俺の国を、守らせてくれ』
彼の祈りが核に届いた瞬間、足元の大地が歓喜の声を上げるように激しく脈打った。
広場を囲むように、巨大なシダ植物が凄まじい速度で成長し始める。
葉の表面からは大量の水分が噴き出し、村全体を濃密な霧で包み込んでいく。
総力戦の準備が、今まさに整おうとしていた。




