許し
放課後の職員室。
「失礼します」
凛が先にドアを開ける。
零は、その後ろに続いた。
「如月です。少しお時間いいですか」
担任が顔を上げる。
「どうした」
一瞬、喉が詰まる。
でも、凛が横で軽く肘を当ててくる。
言え、って合図。
「……あの」
「制服のことなんですけど」
担任の眉が、少しだけ動く。
「制服がどうかしたか?」
「俺」
一呼吸。
「……女子の制服で登校したいです」
空気が、止まる。
「……は?」
小さく、低い声。
「……まず、校則は知ってるよな」
「はい」
「だったら、話は早い」
即答だった。
「結論から言うと、認められない」
間髪入れない拒否。
わかってた。
でも、実際に言われるとやっぱり重い。
「でも」
凛が口を挟む。
「この子、本気なんです」
「本気かどうかは関係ない」
担任がきっぱり言う。
「学校はルールで動いてる」
「じゃあ、そのルールって絶対なんですか?」
凛の声が、少しだけ強くなる。
「変わる余地、ゼロなんですか?」
「少なくとも、今すぐ個人の判断で変えられるものじゃない」
正論。何も返せなくなる。
そのとき。
「――いいんじゃないですか」
後ろから、別の声。
振り返る。
隣のデスクにいた教師が、こちらを見ていた。
少しラフな姿勢。でも、視線はまっすぐ。
「一回、やらせてみれば」
担任が、露骨に顔をしかめる。
「いや、そういう問題じゃ――」
「問題が起きてから止めればいいじゃないですか」
軽く言う。
「起きるかどうか、やってみないとわかんないでしょう」
「前例がないんだぞ」
「作ればいいじゃないですか」
即答。
空気が、少しだけ変わる。
その教師は、零の方を見る。
「着たいのか?」
まっすぐな問い。
「……はい」
「なんで?」
一瞬迷う。でも。
「そっちの方が、自分に近いからです」
教師は、少しだけ笑う。
「いい理由」
それから、担任に視線を戻す。
「別に、完全許可じゃなくていいですよ」
「試験的に、とかね」
「……」
担任が黙る。
「期間決めて」
「問題なければ継続、ダメなら中止」
「それなら、“例外”じゃなくて“検証”になる」
言葉の置き方が、うまい。
担任は、腕を組む。
少し考えて。
「……責任は持てるのか」
零に向けて。
「何かあったとき」
逃げ場のない問い。
「……はい」
短く答える。
少しだけ間。
「……一日だけだ」
担任が言う。
「まずは」
完全じゃない。
でも、ゼロじゃない。
「ありがとうございます」
思ったより早く、言葉が出た。
横で凛が、小さく笑う。
「よし」
翌朝。
部屋のカーテン越しに、薄い光が差し込んでいる。
クローゼットを開ける。
並んだ制服。
見慣れているはずのブレザーと、
まだ少しだけ距離のあるスカート。
指先で、布をなぞる。
「……やるか」
小さく呟く。
シャツに袖を通す。
ボタンを、一つずつ留めていく。
鏡に映る自分が、少しずつ形になっていく。
お気に入りの水色の下着。
柔らかい布の感触。
見慣れているはずなのに、触ると少しだけ違うものに感じる。
「……」
息をひとつ。足を通す。
いつもと違うフィット感が、静かに伝わってくる。
締め付けるほどじゃない。
でも、確実に“形”が変わる。
次に、スカート。
ハンガーから外して、ウエストに当てる。
一瞬だけ、手が止まる。
でも、そのまま引き上げる。
布が腰に収まる感覚。
ホックを留める音が、やけに大きく響く。
軽く整えて、プリーツを指で揃える。
まだ、少しだけ落ち着かない。
それでも、違和感だけじゃない。
“選んでいる”感じが、確かにある。
タイツを手に取る。
ゆっくりと、片足ずつ通す。
布が肌に沿って上がっていく。
少しだけひんやりして、すぐに体温に馴染む。
膝を伸ばして、シワを整える。
最後に、軽く足を揃える。
「……やばいかも」
鏡の前で、零が呟く。
「今さら?」
凛が笑う。
「いや、家と外は違うだろ」
「この前も外出たじゃん」
「あれは“外”だけど、“学校”じゃない」
制服のスカートを整える。
タイツのシワを伸ばす。
手が、少しだけ震える。
「……行く?」
凛が聞く。
少しの沈黙。
怖い、でも。
「……行く」
はっきり言う。
「じゃ、行こう」




