偏見と渇望
朝の通学路。
零はスカート。凛は男子の制服。
並んで歩く。歩幅が自然に揃う。
駅前の信号。
後ろから、ひそひそ声。
「ねえ、あの二人」
「どれ?」
「ほら、前の」
少しだけ間。
「……カップルじゃない?」
「わかる、めっちゃバランスいい」
「てか彼氏かっこよすぎない?中性的イケメンっていうか」
「彼女もめっちゃ可愛いし、ちょーお似合い」
笑い混じりの声。
視線が、軽く集まる。
でも、嫌な感じじゃない。
ただ“いいものを見た”みたいな温度。
凛が、小さく言う。
「完全にそう見えてるね」
「……みたいだな」
信号が変わる。
二人で歩き出す。
背中に残る声は、どれも柔らかい。
校門前。
「じゃ、ここで」
凛が言う。
「うん」
一瞬だけ、目を合わせる。
「……いける?」
「いく」
短く返す。
「詰んだら連絡して」
「わかった」
凛はそのまま中へ。
男子制服のまま。
「おはよー」
「凛、今日もイケメンじゃーん」
「ありがと」
自然なやり取り。笑いが起きる。
違和感はない。
むしろ、プラスに働いてる。
零は、一人になる。
同じ校門。同じ朝。
でも、一歩踏み出した瞬間、空気が変わる。
「あれ……」
「え、あの子」
声が、少しだけ低くなる。
「ちょっと無理かも……」
小さな否定。
混ざる。
「いや、でもさ」
別の声。
「似合ってるのが余計に……」
言い切らない。褒めきれない空気。
さっきまでの軽さはない。
昇降口。
女子たちの声が、耳に入る。
「凛先輩、ほんとカッコいいんだけど」
「普通に彼氏にしたいわー」
明るいトーン。
そのすぐあと。
「……でも隣の子は」
「うん、ちょっと……ね」
「如月君だっけ?たしか凛先輩の弟……」
声が落ちる。
同じ“越え方”なのに。
受け入れられる側と、引かれる側がある。
零は、そのまま歩く。視線を受けながら。
足は止めない。
さっき聞いた声も、今聞こえている声も、
どっちも、ちゃんと現実だった。
教室の前。
一呼吸。ドアを開ける。
ガラッ。
一瞬。本当に、一瞬だけ。
教室の音が止まる。
ペンの動きも、会話も、全部。
「……え」
誰かの小さな声。
「は?」
別のやつ。
視線が、一斉に集まる。
零は、そのまま歩く。
止まらない。
「……ちょ、待って」
「え、誰?」
「いや、如月だろ」
ざわ、と遅れて広がる。
「……は? マジで?」
「え、なんでそれ?」
理解が追いついてない声。
でも、目は逸らさない。全部、見てる。
「昨日まで普通じゃなかった?」
「急にどうしたんだよ」
戸惑いと、興味が混ざっている。
零は、席に向かい、椅子を引く。
その音で、少し現実に戻る。
そこで――
「……いや待って」
男子の声。
笑いをこらえたようなトーン。
「何その格好」
「朝から攻めすぎだろ」
くすっと笑いが漏れる。
「てかさ」
別のやつが続く。
「それ罰ゲーム?」
「負けたのか?」
「誰にだよ」
笑いが広がる。
さっきまでの“戸惑い”が、“雑ないじり”に変わる。
「いやでも」
もう一人。
「ガチだったら逆にすごいけどな」
「やめろって」
「いや普通に面白いって」
「てかさ、ちょっとパンチラみたくね?」
「男のパンチラなんかみたくねぇよ」
軽い空気。
「……で」
少しトーンの違う声。
「それ、何狙い?」
零は、座りながら答える。
「……別に」
短く。
「やりたいからやってるだけ」
一瞬、間。
「……へえ」
「そういう系か」
完全に理解はされてない。でも、否定しきれない。
その曖昧な空気。笑いはまだ残ってる。
でも、さっきより少しだけ温度が下がる。
誰も、どう扱っていいか決めきれていない。
「てかさ」
後ろの席の男子が、机に肘をつきながら言う。
「それで一日いんの?」
「……いるけど」
短く返す。
「マジで?」
「メンタル強すぎだろ」
半分笑い、半分本音。
「俺だったら無理だわ」
「いや普通にキツいって」
共感する声。でも、その中に混ざる。
「……でもさ」
別の男子。
「ちょっと気になるわ」
「何が」
「着心地」
一瞬、間。
「は?」
「いや、だってさ」
肩をすくめる。
「どうなんだろって思わね?」
軽く言ってる。でも、完全な冗談でもない。
「お前やれよ」
「いや無理だって」
「だよなー」
軽く笑いが起きる。
でも、さっきと違う。
“遠くから笑う”だけじゃなくて、
少しだけ、“引っかかってる”。
「……なあ」
別の声。
少し低い。
「歩きにくくね?」
純粋な疑問みたいなトーン。
零は少し考えて。
「……慣れれば普通」
「へえ」
短い返事。
それ以上は広がらない。
いつのまにか教室の時間は、そのまま流れ始めていた。




