リバーシブル
通知音には、少しだけ慣れてきていた。
最初の頃みたいに、震えるたびに飛びつくことはなくなった。
それでも気づけば画面を開いている。
数字は、まだ増え続けていた。
「……なんか、現実感ないな」
ぽつりと呟くと、隣で凛が笑う。
「それな。私も」
凛のスマホにも、同じように通知が並んでいる。
男装の写真。短く整えた髪、少し低めに作った声の動画。
コメント欄には、
『普通に彼氏にしたい』
『この人とその子、並んでるの尊すぎ』
――その子。
それが、自分だとわかると、少しだけくすぐったい。
「ねえ」
凛が、画面を見ながら言う。
「私たちさ」
「うん」
「名前、つけない?」
「名前?」
「この活動の」
少し考える。
今までは、ただ“やっているだけ”だった。
でも。
確かに、もうそれじゃ足りない気がする。
「……なんか、ユニットみたいな?」
「そうそう」
凛が楽しそうに頷く。
「せっかく並んでるんだしさ」
“並んでる”。
その言葉が、少しだけ嬉しい。
一人じゃない。隣に、ちゃんといる。
「……どうする」
「零が決めていいよ」
「え、なんで」
「最初にバズったの、零だし」
軽く言うけど、その一言で胸の奥がじわっと熱くなる。
見られているのは、自分。
でも、隣にいるのは、凛。
「……じゃあ」
少し考えてから、口を開く。
「“リバーシブル”とか」
「……あー」
凛が、少しだけ目を細める。
「いいじゃん、それ」
「どっちにもなれる、みたいな」
「うん」
少しだけ間を置いて。
「私たちっぽい」
その言葉で、決まった気がした。
それから、“リバーシブル”としての投稿が増えていった。
二人で並んだ写真。
役割を入れ替えた写真。
あえて境界を曖昧にした動画。
コメントは、前よりも増えた。
『この2人、完成されすぎてる』
『性別ってなんなんだろって思う』
『なんか救われた』
スクロールしながら、零は思う。
最初は。
ただ、自分がどう見えるかを確かめたかった。
かわいいかどうか。似合うかどうか。それだけだった。
でも今は、少し違う。
「……ねえ」
「ん?」
「これさ」
スマホを見せる。
『この2人見てると、自分のままでいい気がする』
そのコメント。
「……なんか、すごいな」
「うん」
凛も、少しだけ真面目な顔になる。
「私たちがやってることってさ」
「うん」
「誰かにとっては、“許してもらえる理由”になるんだね」
静かに言う。その言葉が、まっすぐ胸に入る。
自分が、誰かの背中を押している。そんなつもりじゃなかったのに。
でも、悪くないと思った。
数日後。
「……やば」
零は、画面を見て固まった。
「どうした」
「これ」
差し出す。
そこに表示されていたのは、フォロワー数。
”10万”
一晩で急激に伸びていた。
見間違いかと思って、もう一度更新する。
それでも、数字は変わらなかった。
ひとつの区切りを、越えていた。
「……おお」
凛が、少しだけ驚いた顔をする。
「いったね」
「……いったな」
実感は、まだ薄い。
でも、確かにここまで来た。
あの日。部屋で一人、こっそり写真を撮っていた自分から。
ここまで。
「……ねえ」
「ん?」
「外、行く?」
「またイベント?」
「ううん」
首を振る。
「普通に」
少しだけ、間が空く。
それは、“一線”だった。
守られていた場所から、出るかどうか。
「……いいよ」
凛が、あっさり言う。
「どうせならさ」
少し笑って。
「“どこでもいける”って証明しよ」
その言葉で、怖さが少しだけ軽くなる。
一人じゃないから。隣にいるから。
「……うん」
小さく頷く。
もう、隠れなくていい。
“誰かになる”んじゃなくて。
“これも自分だ”って言えるように。
家を出る直前。鏡の前に立つ。
制服の自分。
でも、前とは違う。
これは、“隠している姿”じゃない。
“選んでいる姿”。
「……いくよ」
「うん」
ドアを開ける。
外の光が、少しだけ眩しかった。
でも、今は目を逸らさなかった。




