バズ
当日。
人混みの中で、零は息を呑んだ。
誰も、こっちを変な目で見ない。
むしろ。
「すみません、写真いいですか?」
「え、あ、はい……」
声をかけられる。カメラを向けられる。
シャッター音が、何度も響く。
「めっちゃ可愛いですね!」
「その制服、完成度高い!」
褒められる。
知らない誰かに、“かわいい”と言われる。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
隣を見ると、凛も囲まれていた。
シャープなジャケットに、短く整えた髪。
完全に“男”として成立している。
目が合う。
少しだけ照れたように、笑う。
その瞬間、零は思った。
ああ。
これはもう、“遊び”じゃない。
戻れない。
でも、戻りたくない。
シャッター音が鳴る。
今度は、逃げなかった。
少しだけ、ポーズを作った。
だって、この自分を。
もっと、見てほしいと思ったから。
イベントが終わった帰り道。
「やばかったな」
「うん、普通に」
凛がスマホをいじりながら笑う。
「ちょっと見て」
「なに」
差し出された画面。
そこに映っていたのは――自分だった。
さっきの会場で撮られた写真。
少しだけ俯いて、スカートの裾を指で整えている瞬間。
「……これ」
「もう上がってる」
投稿されたばかりのはずなのに、いいねの数が異様に多い。
桁が、違う。
「え、なにこれ……」
「タグがうまいんだと思う。“男の娘”“完成度高すぎ”とか」
コメント欄をスクロールする。
『これ男なの?嘘でしょ』
『普通に好き』
『彼女にしたい』
『てか隣のイケメン誰?』
「……」
息が、少し浅くなる。
知らない誰かが、自分を見ている。
評価している。欲しがっている。
「やばいな、これ」
凛が笑う。
「ちょっとした有名人じゃん」
「……やめろよ」
そう言いながら、目は画面から離れない。
もっと見たい、と思ってしまう。もっと、増えてほしいと。
指が勝手に更新ボタンを押す。
数字が、増える。また増える。
また。また。
その夜。
部屋の中で、一人。
制服に袖を通す。
さっきと同じ格好。でも、違う。
“誰にも見せない自分”じゃない。
“見られるための自分”。
スマホをセットする。
角度を調整する。光を確認する。
さっきより、少しだけ可愛く見える位置を探す。
「……」
シャッターを押す。
確認する。
もう一枚。もう一枚。
気づけば、何十枚も撮っていた。
その中から、一番いいやつを選ぶ。
少し迷ってから。
投稿ボタンに、指を乗せる。
「……いいのか、これ」
誰に聞くでもなく、呟く。
でも、もう答えは決まっている。
押した。
数分後。
通知が、止まらなくなる。
振動が、机の上で細かく跳ねる。
開く。
いいね。リツイート。コメント。
全部が、一気に押し寄せてくる。
『さっきの子!?本人!?』
『フォローした』
『可愛すぎて無理』
呼吸が、速くなる。怖い。
でも、それ以上に、気持ちいい。
「……零」
ドアの向こうから、凛の声。
「起きてる?」
「……うん」
入ってくる。
零のスマホを一目見て、すぐに理解した顔になる。
「……やったんだ」
「……うん」
少しの沈黙。
怒られるかもしれない、と思った。
でも。
「いいじゃん」
凛は、あっさり言った。
「せっかくなんだから、やりきれば」
「……やりきるって」
「どうせならさ」
ベッドに腰掛けて、笑う。
「“どこまで行けるか”試そうよ」
その目は、少しだけ危なかった。
「私もやる」
「……え?」
「男装でアカウント作る」
言い切る。
「で、並ぶ」
少しだけ間を置いて。
「最強じゃない?」
ぞく、とした。
あの会場で感じた視線。
“見られる快感”。
それを、もっと大きくしたら。
どうなるのか。想像してしまう。
もう、止める理由がない。
むしろ、続ける理由しかない。
「……やるか」
零は、小さく笑った。
通知音が、また鳴る。
それはもう、“日常の音”になり始めていた。




