第六話 連携
教室の空気は、昨日よりも確実に重かった。ここにいる全員が“残った側”だと分かっているからだ。だが同時に、ここから先、落ちていくのも自分たちだという現実も、誰もが理解している。だから誰も話さない。椅子を引く音や、わずかな衣擦れだけがやけに大きく聞こえる。
久城カイは後ろの席に座り、前を見ていた。特に何かを考えているわけではない。ただここにいるという事実だけを、淡々と受け入れている。隣では早瀬ユウトが頬杖をついたまま天井を見ていたが、不意に小さく声を落とした。
「なあ、今日きついやつ来ると思わないか」
「知らない」
「だよな。でもあの流れで優しいわけないよな」
軽く笑うが、その声は少し低い。場の空気を読んでいるのが分かる。
そのとき、扉が開いた。音は小さい。それでも全員の視線が自然と前に集まる。入ってきたのは一人の男だった。軍服、無駄のない動き、顔に残る古い傷。そのどれもが“前線帰り”だと一目で分かる。教壇の前に立つ。それだけで教室の空気が締まった。
「――鷹宮だ。ここを担当する」
短い。それで十分だった。この場の主導権が誰にあるか、それだけで全員が理解する。
「お前たちは昨日、選別を通った。だがそれは使い道があると判断されたというだけだ。戦場で生き残る保証にはならない。ここで教えるのは一つだけだ」
黒板にチョークが走る。二つの点と、それを繋ぐ一本の線。
「二人一組。前衛と後衛。これが戦場での最小単位だ。前が崩れれば後ろが死ぬ。後ろが崩れれば前も死ぬ。だから二人で一つだ。単独で動くやつは死ぬ。判断が遅いやつも死ぬ。そして仲間を信用しないやつも死ぬ」
その言葉が、静かに教室の中へ沈んでいく。カイの指先がわずかに動いた。信用、という言葉が引っかかる。
「簡易連携訓練を行う。相手は同じ候補生だが容赦はするな。二人組を作れ」
その一言で場が動く。すぐに組み始めるやつもいれば、立ち尽くすやつもいる。カイは動かなかった。誰と組むかを考える前に、
「組むか」
と横から声がした。ユウトだった。
「……いいのか」
「別に。余っても面倒だし」
軽い言い方だが、視線は逸らしていない。カイは一瞬だけ迷い、返答する。
「……分かった」
「決まりな」
屋外に移動する。
遮蔽物や小さな丘もある簡易的な戦場のようだ。教官の指示に従って配置につく。向かい合うのは別のペア。男と女、どちらもこちらを警戒している。
「始め」
瞬間、空気が切り替わる。先に動いたのは相手だった。男が前に出る。速い。迷いがない。
「来るぞ」
とユウトの声が飛ぶ。分かっている。カイは前に出た。真正面から受ける。衝突。重い。予想より強いが押し返す。横からもう一人が来る。
「左!」
ユウトが動き、カバーに入る。視界の端で動きが交錯する。――合わせろ。頭では分かっている。だが、カイは踏み込んだ。一気に押し切る。目の前の相手だけを見る。打ち込む。崩す。いける――その瞬間、横から衝撃。体が流れる。完全に意識から外れていた攻撃だった。受けきれない。体勢が崩れる。追撃。終わり。
「そこまで」
声が落ちる。動きが止まり、呼吸だけが残る。
「……今の、完全に一人で行ったな」
ユウトが言う。責めてはいない。ただ事実だけを置いている。
「……ああ」
「合わせろって。俺、見えてたぞ」
ユウトが少しだけ笑う。
カイは何も言わなかった。分かっている。見えていなかったわけじゃない。自分でやると決めて、そのまま動いた。その結果だ。
視線を上げると、鷹宮がこちらを見ている。何も言わない。ただ見ているだけだ。それだけで十分だった。ここは学校じゃない。前線の一歩手前。さっきの言葉が、遅れて理解に落ちてくる。
カイはゆっくりと息を吐いた。一人じゃ、駄目か。分かっていたはずなのに、まだできていない。




