表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侵蝕の戦装機〈アーク〉  作者: なついろあきめ
【第1章】喪失編
2/11

第二話 残されたもの

目が覚めたとき、天井は白かった。


無機質な白だ。つなぎ目のないパネルが規則的に並び、埋め込まれた照明が均一な光を落としている。どこにでもある医療施設の天井のはずなのに、妙に現実感が薄い。カイはしばらく瞬きもせず、それを見ていた。時間の感覚が曖昧だった。どれくらい眠っていたのかも分からないし、そもそも眠っていたのかすらはっきりしない。


体を起こそうとして、少し遅れて痛みが走る。鈍くて重い。腕と肩、それから背中。包帯で固定されている感覚だけが妙に鮮明だった。生きている。その事実だけが、どこか遠い。


「……起きたか」


声がした。


視線を横に向けると、ベッドの脇に軍服の男が立っていた。三十代後半くらい。疲労は見えるが、立ち方に無駄がない。現場にいた人間だと、説明されるまでもなく分かる。


カイは何も言わなかった。男もすぐには続けない。数秒の沈黙のあと、事務的な口調で口を開く。


「第七区画北西外壁突破事案。小規模侵攻から中規模へ移行。被害は現在も集計中だ」


淡々としている。誰に向けた説明なのか分からない。ただ事実だけが置かれていく。カイは黙って聞いていた。


「お前は避難路で保護された。外傷はあるが、命に別状はない」


そこで一度、男の視線がこちらを捉える。わずかに間が空く。


「……家族についてだが」


その一言で、全部繋がった。


白い天井。体の痛み。静けさ。全部、あの場所の続きだと理解する。母の顔。血。動かない身体。父の手。思い出すというより、そのまま再生された。


カイは瞬きすらしなかった。


「両親ともに、死亡が確認されている」


それで終わりだった。長い説明も、慰めもない。ただ事実だけが置かれる。


カイは何も言わない。何も感じない。胸の奥が空洞になったような感覚だけがある。だが、それが悲しいのかどうかも分からない。


「遺体は回収済みだ。後ほど手続きの説明がある」


男はそれだけ言って、軽く顎を引く。


「……何か聞くことはあるか」


カイはしばらく黙っていた。聞こうと思えばいくらでもある。なぜああなったのか。防衛線はどうだったのか。なぜ間に合わなかったのか。だが、どれも意味がない気がした。答えを聞いたところで、何も戻らない。


何も変わらない。


「……ない」


出てきた声は、自分でも驚くほど平坦だった。

男はそれ以上何も言わなかった。


「そうか」


短く答え、背を向ける。そのまま病室を出ていく。扉が閉まる音だけが、小さく残った。


一人になっても、涙は出なかった。出そうとも思わなかった。ただ白い天井を見ているだけで時間が過ぎていく。どれくらいそうしていたのか分からないうちに、壁面モニターが自動で起動した。


ニュース映像。


「第七区画北西部における浸蝕体の侵入は、戦装機〈アーク〉により鎮圧されました」


映像には、あの銀色の機体が映っている。瓦礫の中を進み、浸蝕体を切り裂く姿。無駄がなく、迷いがない。ただ機能としてそこにある。


「被害者数は現在調査中ですが――」


音声が途中で切れる。カイが操作したわけではない。自動で次の情報に切り替わっただけだ。別の区域。別の侵攻。別の被害。世界は止まらない。どれだけ人が死んでも、何もなかったみたいに進んでいく。


カイはゆっくりと体を起こした。痛みはあるが、動ける。ベッド脇の簡易端末に手を伸ばす。画面を起動すると、いくつかの項目が並んでいた。医療記録、生活支援、遺族手続き。その中に一つだけ、視線を引くものがある。


軍志願受付。


迷いはなかった。指が止まることもない。画面をタップする。


『志願理由を入力してください』


空白の欄をしばらく見つめる。言葉は浮かんでいる。だが、うまく形にならない。取り戻したい、違う。守りたい、違う。もっと単純で、もっとはっきりしたもの。


カイは指を動かした。


短い一文だけ入力する。


確認画面。送信。完了の表示。それで終わりだった。何かが変わるわけでもない。ただ一つの選択が記録されただけだ。だが、それで十分だった。


端末から手を離し、再び天井を見る。白いまま、何も語らない。その無機質さが、今は少しだけ楽だった。考えなくていい。感じなくていい。ただ進めばいい。それでいい。


目を閉じる。すぐに眠れはしない。浮かぶのは、あの光景だけだ。赤、血、浸蝕体。そして銀色の機体、戦装機〈アーク〉。


あれに乗れば、届くのか。あれに乗れば、終わらないのか。答えはまだ分からない。


だが。


試す価値はある。


それだけは、はっきりしていた。


――他に道はない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ