第7問 どうして空は青いのか
藤村は娘に手を引かれながら、夏草の生い茂る丘を上る。
高い処に行けば行く程、空の青は深くなる。
「どうして空は青いの?」
娘が清歌を詠うように、藤村に尋ねた。
藤村は、空がどのように青いか、レイリー散乱を始めとする科学的説明を試みた。
娘はその説明を最後までじっと聴いた。
「…うん。空がどのように青いか、それにはきちんと仕組があるのね……」
藤村は娘の口振りから、娘が得心していない事を察した。
「…でも、わたしが問いたいのは、How(どのように)ではなくWhy(どうして)なの」
藤村は丘を仰ぎ見た。
先で待つ、娘の母を呼んだ。
「………頼む」
「あらあら」
母は和やかに微笑んで答えた。
「あのね、瑠璃。『空が青い』というのはね、現象なの」
「ゲンショウ?」
「そう。色というのは、『見る者』、『見られる物』、『光』。この三つで成り立つの。空の青なら、瑠璃が『見る者』、空が『見られる物』、お日様が『光』ね。この三つが揃って初めて、空は青く見えるのよ」
「そう…」
娘は思索の海に沈んだ。
そして浮上した。
「なら、わたしはなあに?」
「瑠璃、あなたはね、『空野』という、知の現象。知というのは、『知る者』、『知られる物』、『愛』。この三つで成り立つの。『空野』という現象の場合、藤村龍治が『知る者』、空野詩織が『知られる物』、そして『…』。その三つが揃って初めて、『空野』は発生する。瑠璃が『空野』として生まれるのよ」
「でも…………今は?」
すると、娘の母はフッと居なくなった。
藤村は茫然とした。
「瑠璃」と呼ばれた娘が残っている。
その姿は、空野にそっくりだった。
いや、彼女こそ、藤村にとっての「空野」だった。
「わたしは『空野』であって空野詩織ではないの。空野詩織の実体と、藤村龍治が空野詩織を観測することで発生した『空野』という現象は、違うのよ」
空野詩織というιδέαの、影。
月のような彼女は、儚く微笑む。
「父さま、もう少しだけ、わたしを娘の『瑠璃』でいさせて」
藤村はただ、彼女が悲しむのは違う、と思った。
だから、父さま役を演じることにした。
「母さまにお花をあげたいの。母さま、どんなお花が好き?」
「………さあ。色んな花の名を教えて呉れた。今、想い起こすのは、『瑠璃茉莉』」
「『瑠璃』?」
「ああ」
「なら、そのお花が良いわ」
その父娘は丘の上に在る花屋に行く。
父娘は温室に案内される。
温室は、硝子と鉄骨で造られており、まるで水晶宮のようだ。
其処に瑠璃茉莉の花がある。
空のように青い花。
彼女はその花を手に微笑む。
「ありがとう、藤村くん」
そう告げた彼女はもう、空野だった。
目が寤めた。
藤村はカーテンを開ける。
暁の空は、瑠璃のように青かった。




