第5問 藤村龍治は空野詩織の遺灰をダイアモンドに出来るか
「私が死んだらその灰を、ダイアモンドに出来ますか」
藤村はnowhereに居た。
そんな処まで来てしまった。
藤村は或る面影を捜し歩いていた。
彼ではない、誰でもない。
此処には居ない、何処にも居ない。
誰でもない誰かなら、何処でもない何処かに居る。
彷徨う果てに、藤村はnowhereに行き着いた。
何処からか聲が響いた。
「私が死んだらその灰を、ダイアモンドに出来ますか」
何時しか、藤村は樹海に居た。
朝露に濡れた骵は、石のように冷たくなっていた。
目が醒めると、掛布団が落ちていた。
道理で体が冷えている訳だ。
温かい珈琲が飲みたい。
藤村は炊事場に行った。
水を薬鑵に注ぐ。
薬鑵を火に掛ける。
湯気が立つ。
湯気は白い。目に見える。
目に見えなくなったら、水蒸気に変化している。
水、湯、水蒸気、湯気。
いずれもH₂Oだ。
たとえ見えていたモノが見えなくなったとしても、それは消えたのではなく、見えないモノに成っただけ。
あの聲も無色透明だった。目には見えなかった。けれど聞こえたのだ。
私が死んだらその灰を、ダイアモンドに出来ますか。
あれは空野の聲だった。
確かに、人体の18%は炭素である。
その遺灰にも炭素が含まれている。
ダイアモンドは炭素の結晶である。
したがって、空野の遺灰の炭素をダイアモンドにすることは、物理的には出来る。
もし、空野の遺灰をダイアモンドに出来たら、藤村はきっと手放せない。
遺灰ダイアモンドさえ此方に在れば、藤村が空野の面影を捜して彷徨うことはない。
そうなれば、神隠しに遭うこともない。
しかし、もし藤村が遺灰ダイアモンドを空野とするなら、藤村が空野と聞いて想い浮かべるモノが、空野の面影ではなく、ダイアモンドに変わってしまう。
だから藤村は、空野の遺灰をダイアモンドにすることが、心理的に出来ない。
出来ない、と藤村は空野に答える。
死んだ空野がどう思うか、藤村は知らない。
ただ、藤村は、夢を、あの聲を文字にして、書き留める。
白い紙に、ミッドナイトブルーの洋墨で。
斯くして夢は物語に成る。




