第28問 どのように草を分けるか
秋の朝の雨上がり、空野は前栽で草を引いていた。
「『草はな、根っこから抜かなあかん。せやないと、また生えてくんで』(草はね、根もとから抜かないといけない。さもないと、また生えてくるからね)…というのが、祖母の教えだったの」
空野は懐かしそうに云った。
秋の朝日が照らす、雨露の滴る、千草産す前栽は、暉麗だった。
藤村は空野邸の縁側に座って、空野が前栽に手を入れるのを眺めていた。
空野の被る園芸帽子が見える。
その園芸帽子は、市女笠における枲垂衣のように、面紗で貌を覆うものだった。
空野は野良着を着ていた。
護謨靴を履いていた。
軍手を嵌めていた。
空野は庭仕事を身に付けていた。
蹲んでいた空野は、一本の草を取ると、藤村に向かって掲けた。
「藤村くん、見て。この子は『狗尾草』、或いは『猫じゃらし』。『狗尾草』というのは、穂の形が、犬子、すなわち仔犬の、尻尾に見えるから、そう呼ぶそうなの。ひょっとすると、『狗尾草』と呼ぶのは犬派で、『猫じゃらし』と呼ぶのは猫派なのかもしれないわ」
「…空野は何派?」
「私はね、この穂が風に揺れるのが見えると、草の精の仔犬さんが、風の精の仔猫さんを、愛しているように想われるの」
空野は微笑ましそうに語る。
「そいつはメルヘンだな…」
「…本当は、草を取ったり引いたりして分けるなんて、畏れ多いくらい」
「何故」
「命は等しく尊いから」
「…そうか」
「私は、『草主人従』(人は自然を主として従わなければならない)という言葉より、哲学者フランシス・ベーコンの『Natura enim non nisi parendo vincitur』(天性は見えることによってのみ言い当てられる)という言葉より、『κοσμοπολίτης』(自然法則に忠実な者)という言葉が好き。κόσμοςに調和のニュアンスがあるから。私は、自然と調和する文化を作りたいな」
「…ああ」
「藤村くんは?」
藤村は目を覚ました。
花薄を手折ろうとして、うっかり手を切ってしまったように、じんじんと心臓が痛かった。
芒は、土から珪酸を吸収し、それで葉を硝子の鋸にする。
その硝子質の植物珪酸体は、芒が枯れて土に還っても、プラント・オパールとして腐らずに遺る。
藤村は、恋草の根を絶やせそうになかった。




