↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/29

第28問 どのように草を分けるか

 秋(あき)の朝(あさ)の雨上(あめあ)がり、空野(そらの)は前栽(せんざい)で草(くさ)を引(ひ)いていた。

「『草(くさ)はな、根(ね)っこから抜(ぬ)かなあかん。せやないと、また生(は)えてくんで』(草(くさ)はね、根(ね)もとから抜(ぬ)かないといけない。さもないと、また生(は)えてくるからね)…というのが、祖母(そぼ)の教(おし)えだったの」

 空野(そらの)は懐(なつ)かしそうに云(い)った。


 秋(あき)の朝日(あさひ)が照(て)らす、雨露(あめつゆ)の滴(したた)る、千草(ちぐさ)産(む)す前栽(せんざい)は、暉麗(きれい)だった。

 藤村(ふじむら)は空野(そらの)邸(てい)の縁側(えんがわ)に座(すわ)って、空野(そらの)が前栽(せんざい)に手(て)を入(い)れるのを眺(なが)めていた。

 空野(そらの)の被(かぶ)る園芸(えんげい)帽子(ぼうし)が見(み)える。

 その園芸(えんげい)帽子(ぼうし)は、市女笠(いちめがさ)における枲垂衣(むしのたれぎぬ)のように、面紗(おもぎぬ)で貌(かお)を覆(おお)うものだった。

 空野(そらの)は野良着(のらぎ)を着(き)ていた。

 護謨(ゴム)靴(ぐつ)を履(は)いていた。

 軍手(ぐんて)を嵌(は)めていた。

 空野(そらの)は庭仕事(にわしごと)を身(み)に付(つ)けていた。


 蹲(しゃが)んでいた空野(そらの)は、一本(ひともと)の草(くさ)を取(と)ると、藤村(ふじむら)に向(む)かって掲(かが)けた。

「藤村(ふじむら)くん、見(み)て。この子(こ)は『狗尾草(えのころぐさ)』、或(ある)いは『猫(ねこ)じゃらし』。『狗尾草(えのころぐさ)』というのは、穂(ほ)の形(かたち)が、犬子(えのころ)、すなわち仔犬(こいぬ)の、尻尾(しっぽ)に見(み)えるから、そう呼(よ)ぶそうなの。ひょっとすると、『狗尾草(えのころぐさ)』と呼(よ)ぶのは犬(いぬ)派(は)で、『猫(ねこ)じゃらし』と呼(よ)ぶのは猫(ねこ)派(は)なのかもしれないわ」

「…空野(そらの)は何(なに)派(は)?」

「私(わたし)はね、この穂(ほ)が風(かぜ)に揺(ゆ)れるのが見(み)えると、草(くさ)の精(せい)の仔犬(こいぬ)さんが、風(かぜ)の精(せい)の仔猫(こねこ)さんを、愛(あや)しているように想(おも)われるの」

 空野(そらの)は微笑(ほほえ)ましそうに語(かた)る。

「そいつはメルヘンだな…」

「…本当(ほんとう)は、草(くさ)を取(と)ったり引(ひ)いたりして分(わ)けるなんて、畏(おそ)れ多(おお)いくらい」

「何故(なぜ)」

「命(いのち)は等(ひと)しく尊(とうと)いから」

「…そうか」

「私(わたし)は、『草主人従(そうしゅじんじゅう)』(人(ひと)は自然(しぜん)を主(しゅ)として従(したが)わなければならない)という言葉(ことば)より、哲学者(てつがくしゃ)フランシス・ベーコンの『Natura(ナートゥーラ) enim(エニム) non(ノーン) nisi(ニスィ) parendo(パーレンドー) vincitur(ウィンキトゥル)』(天性(てんせい)は見(み)えることによってのみ言(い)い当(あ)てられる)という言葉(ことば)より、『κοσμο(コスモ)πολίτης(ポリテース)』(自然(しぜん)法則(ほうそく)に忠実(ちゅうじつ)な者(もの))という言葉(ことば)が好(す)き。κόσμος(コスモス)に調和(ちょうわ)のニュアンスがあるから。私(わたし)は、自然(しぜん)と調和(ちょうわ)する文化(ぶんか)を作(つく)りたいな」

「…ああ」

「藤村(ふじむら)くんは?」


 藤村(ふじむら)は目(め)を覚(さ)ました。

 花薄(はなすすき)を手折(たお)ろうとして、うっかり手(て)を切(き)ってしまったように、じんじんと心臓(しんぞう)が痛(いた)かった。

 芒(すすき)は、土(つち)から珪酸(けいさん)を吸収(きゅうしゅう)し、それで葉(は)を硝子(ガラス)の鋸(のこぎり)にする。

 その硝子(ガラス)質(しつ)の植物珪酸体《しょくぶつけいさんたい》は、芒(すすき)が枯(か)れて土(つち)に還(かえ)っても、プラント・オパールとして腐(くさ)らずに遺(のこ)る。

 藤村(ふじむら)は、恋草(こいぐさ)の根(ね)を絶(た)やせそうになかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。