第25問 新しい宝探しを楽しめるか
夏休みの自由研究が終わらない。
藤村は自由研究が苦手である。
何故なら、何をして良いか分からないからだ。
自由研究も研究であるからして、学生の藤村は、研究倫理を守らなければならない。
すなわち、捏造・改竄・盗用などの不正をしてはならない。
それしか知らない。
知りたいのは、How(方法)ではなくWhat(本質)なのに。
藤村は困窮していた。
すると、空野から手紙が届いた。
藤村龍治様
一筆申し上げます。
秋出水が続いておりますね。
藤村くんはいかがお凌ぎでしょうか。
おかげさまで、私はつつがなく暮らしております。
ところで、藤村くんの自由研究は終わりましたか。
私はまだ始めてもおりません。
つきましては、「新しい宝探し」を催します。
もしよろしければ、藤村くんもいらっしゃいませんか。
それでは、くれぐれもお体おいといくださいませ。
かしこ
□□○○年 立秋
空野詩織
はて、「新しい宝探し」とは、何をするのやら。
藤村は訝しんだ。
藤村と空野は秋果樹園に居た。
果実は地球の結晶だった。
桃はピンクオパール、梨はトパーズ、葡萄はアメシスト、無花果はロードライトガーネット…。
宝石のような秋果に照らされて、空野はきらきらと笑っていた。
空野は、麦藁女優帽を被って、サイド三つ編み下ろしをしていた。
丸襟で前立てフリルのブラウスの上に、デニムのハイウエストサロペットを着て、リュクスなカントリーブーツを履いていた。
空野は詠うように述べた。
「万有引力の法則を発見するために、林檎を落とそうなんて、考えられるかしら。むしろ、林檎が落ちたからこそ、ニュートンは万有引力の法則を閃いたのでしょう」
だから、空野は藤村に、林檎が落ちる処でも観察しよう、と云うのだろうか。
そんなことで、自由研究が進むものだろうか。
「それは合理的か」
藤村には空野の思考回路が理解できない。
「誰とも争わないように、実りを増やしたり棲み分けたりするのが、田舎の鼠の流儀なの。争いで地が荒れて、恵みが減ると困るもの」
藤村は都会の鼠なのだろうか。
藤村は思考する。
やはり、エネルギー保存の法則に基づけば、資源は有限ではないか。
「争いはなくせない、と俺は思う」
「確かに、争いはなくならないでしょう。でも、本当に賢ければ、もっと優しくなれるかもしれない」
空野の貌が翳った。
「私ね、幼い頃、裏畑で、珍しい鼠さんを見つけたの。そして、父に見せようとした。
『おとうさん、おっきなネズミさん!』
『ほんまか』
父はその仔を確かめた」
空野は、父君との会話を、御国言葉の京阪式アクセントで話した。
もしかしたら、これは空野の口語が文語に染まる前の、空野が文字を読めないくらい、昔の話かもしれない。
「すると、父はその仔を見た途端、血相を変えた。村の男衆がわらわら飛び出し集まって来て、その仔を取り囲んだ。山狩りのように」
それは、幼い空野にとって、さぞ恐ろしかったろう。
「その仔はね、ヌートリア(舶来溝鼠)だったの。……作物を食い荒らすから、農家にとっては敵だった」
「………」
「その仔がどうなったのか、私は覚えていない」
「…空野は、その仔を、捕まえて欲しくなかった」
「うん」
「ただ、珍しいものを見つけた喜びを、お父さんと分かち合いたいだけだった」
「…うん」
「悲しいか」
「私が悲しいなんて…あの仔に済まないわ。あの仔はどうして、ただ生きているだけで、逐われなければならなかったの。無責任な人間が、あの仔を戦争の犠牲にしたのに。私達はどうすれば、共に生きられるようになるの」
日本において、ヌートリアは、軍服に必要な毛皮獣として輸入された。
人間に不要とされれば、遺棄され、獣は帰化するしかなかった。
それで、生態系が崩れたら、特定外来生物とされた。
「……」
「もっと優しくなりたい」
「…そうだな」
空野は、賢くなかったからこそ、苦しんで考えて、優しくなろうとしている。
そんな空野は美しい、と藤村は思った。
藤村は思い付いた。
月は年速約3.8㎝で地球から遠離っているらしい。
それを模型で再現してみたい。
失敗しても未完成で終わっても構わない。
藤村は清々しく自由研究を開始した。
藤村は目を覚ました。
(自由研究!)
藤村はガバッと起き上がった。
すると、壁に掛けられた、墨染の学ランが見えた。
それは白蓮高校の制服である。
もう夏休みは終わっていた。
そもそも、白蓮高校には、自由研究の宿題がなかった。
藤村は脱力した。
確かに、自由研究は苦しかった。
だから、自由研究から解放されて、藤村は楽になった。
しかし、楽しくなかった。
自由研究が有ったら厭、無くても厭とは、我ながら呆れてしまう。
そういえば、「新しい宝探し」について、不分仕舞だ。
そもそも、 「新しい」という形容詞が修飾するのは、「宝」か、「宝探し」か、その両方か。
空野は藤村に何を伝えたかったのだろう。
好奇心による愛しさ。
藤村は正解の無い問いに回答した。




