第17問 海の余命は幾許か
生まれて来るところと死んで行くところからは、目が離せない。
たとえば、海。
藤村と空野は、白砂青松の妙なる浜辺にいた。
空野は、海に魅入られたように、海に見入っていた。
睛の鏡に映るのは、月の舟が海に沈んでゆくところだった。
海は美しく恐ろしい。
有明の月日に照らされた、空野の横顔は蒼褪めていた。
細波が汀に寄せては引く。
空野の水雪駄の足迹を、白波が攫ってゆく。
「空野」
と藤村は呼び返した。
空野が藤村をゆらと振り返る。
空野の髪を挿し留めた風鈴簪が、しゃらりと揺れた。
「手を、繋いでおこう」
藤村は空野に手を差し出した。
その手は汗ばんでいるようで恥ずかしかった。
空野はそっと頷いて、藤村の手を取った。
浮舟を舫うように、手を繋いだ。
空野の手は、柔くて小さくて冷たかった。
藤村は空野を熟と見た。
空野は浴衣に身を包んでいた。
浴衣地は、深藍に白抜きで流水紋だった。
帯地の真珠色に、朝顔の青紫が映えた。
帯は、玉手箱結びだった。
藤村に魔が差す。
この玉手箱を暴けば、如何なる。
もし子を宿せば、空野は永らえるだろうか。
藤村は瞼を下ろした。
瞼に浮かんだ影は、ハムレットのオフィーリアか、或いは、ファウストのマルガレーテか。
したいのが恋だった。
しないのは愛だった。
藤村は瞼を上げた。
海神が見えた。
藤村と空野は、同じ海の原から生まれた。
故に同胞だった。
「海は、美しいのね」
空野が朗らかに言祝いだ。
「藤村くん、海を愛してくれて、ありがとう」
空野が仄々と微笑んだ。
朝凪の波音は、平らかだった。
藤村は目を覚ました。
藤村は列車に揺られて帰るところだった。
潮の気配がする。
一説によると、海の余命は約6億年らしい。
藤村には、海の命が惜しかった。
藤村は、学校の張紙に導かれて、せめてボランティアをして来た。
ボランティアでは、海辺に打ち寄せられた塵芥を拾った。
海神にとっては、蜉蝣の命のように儚い一時だったろう。
それで、海の寿命は延びただろうか。
潮染んだ藤村は、虚しくて笑った。
藤村はただ、空野を海に連れて行きたかっただけだ。




