↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/29

第17問 海の余命は幾許か

 生(う)まれて来(く)るところと死(し)んで行(い)くところからは、目(め)が離(はな)せない。

 たとえば、海(うみ)。


 藤村(ふじむら)と空野(そらの)は、白砂青松(はくしゃせいしょう)の妙(たえ)なる浜辺(はまべ)にいた。

 空野(そらの)は、海(うみ)に魅入(みい)られたように、海(うみ)に見入(みい)っていた。

 睛(ひとみ)の鏡(かがみ)に映(うつ)るのは、月(つき)の舟(ふね)が海(うみ)に沈(しず)んでゆくところだった。

 海(うみ)は美(うつく)しく恐(おそ)ろしい。

 有明(ありあけ)の月日(つきひ)に照(て)らされた、空野(そらの)の横顔(よこがお)は蒼褪(あおざ)めていた。

 細波(さざなみ)が汀(なぎさ)に寄(よ)せては引(ひ)く。

 空野(そらの)の水雪駄(みずせった)の足迹(あしあと)を、白波(しらなみ)が攫(さら)ってゆく。

「空野(そらの)」

と藤村(ふじむら)は呼(よ)び返(かえ)した。

 空野(そらの)が藤村(ふじむら)をゆらと振(ふ)り返(かえ)る。

 空野(そらの)の髪(かみ)を挿(さ)し留(と)めた風鈴簪(ふうりんかんざし)が、しゃらりと揺(ゆ)れた。

「手(て)を、繋(つな)いでおこう」

 藤村(ふじむら)は空野(そらの)に手(て)を差(さ)し出(だ)した。

 その手(て)は汗(あせ)ばんでいるようで恥(は)ずかしかった。

 空野(そらの)はそっと頷(うなず)いて、藤村(ふじむら)の手(て)を取(と)った。

 浮舟(うきふね)を舫(もや)うように、手(て)を繋(つな)いだ。

 空野(そらの)の手(て)は、柔(やわ)くて小(ちい)さくて冷(つめ)たかった。

 藤村(ふじむら)は空野(そらの)を熟(つくづく)と見(み)た。

 空野(そらの)は浴衣(ゆかた)に身(み)を包(つつ)んでいた。

 浴衣地(ゆかたじ)は、深藍(ふかあい)に白抜(しろぬ)きで流水紋(りゅうすいもん)だった。

 帯地(おびじ)の真珠色(しんじゅいろ)に、朝顔(あさがお)の青紫(せいし)が映(は)えた。

 帯(おび)は、玉手箱(たまてばこ)結(むす)びだった。

 藤村(ふじむら)に魔(ま)が差(さ)す。

 この玉手箱(たまてばこ)を暴(あば)けば、如何(どう)なる。

 もし子(こ)を宿(やど)せば、空野(そらの)は永(なが)らえるだろうか。

 藤村(ふじむら)は瞼(まぶた)を下(お)ろした。

 瞼(まぶた)に浮(う)かんだ影(かげ)は、ハムレットのオフィーリアか、或(ある)いは、ファウストのマルガレーテか。

 したいのが恋(こい)だった。

 しないのは愛(あい)だった。

 藤村(ふじむら)は瞼(まぶた)を上(あ)げた。

 海神(わだつみ)が見(み)えた。

 藤村(ふじむら)と空野(そらの)は、同(おな)じ海(わた)の原(はら)から生(う)まれた。

 故(ゆえ)に同胞(はらから)だった。

「海(うみ)は、美(うつく)しいのね」

 空野(そらの)が朗(ほが)らかに言祝(ことほ)いだ。

「藤村(ふじむら)くん、海(うみ)を愛(あい)してくれて、ありがとう」

 空野(そらの)が仄々(ほのぼの)と微笑(ほほえ)んだ。

 朝凪(あさなぎ)の波音(なみおと)は、平(たい)らかだった。


 藤村(ふじむら)は目(め)を覚(さ)ました。

 藤村(ふじむら)は列車(れっしゃ)に揺(ゆ)られて帰(かえ)るところだった。

 潮(うしお)の気配(けはい)がする。

 一説(いっせつ)によると、海(うみ)の余命(よめい)は約(やく)6(ろく)億(おく)年(ねん)らしい。

 藤村(ふじむら)には、海(うみ)の命(いのち)が惜(お)しかった。

 藤村(ふじむら)は、学校(がっこう)の張紙(はりがみ)に導(みちび)かれて、せめてボランティアをして来(き)た。

 ボランティアでは、海辺(うみべ)に打(う)ち寄(よ)せられた塵芥(ごみあくた)を拾(ひろ)った。

 海神(わだつみ)にとっては、蜉蝣(かげろう)の命(いのち)のように儚(はかな)い一時(ひととき)だったろう。

 それで、海(うみ)の寿命(じゅみょう)は延(の)びただろうか。

 潮染(しおじ)んだ藤村(ふじむら)は、虚(むな)しくて笑(わら)った。

 藤村(ふじむら)はただ、空野(そらの)を海(うみ)に連(つ)れて行(ゆ)きたかっただけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。