空野が本を読んでいる。
空野曰く、「文字は紙上の星」らしい。
その言に従えば、空野は紙上の星を眺めている。
宇宙を映す空野の睛は澄み渡っているだろう。
星は人から遠い。
人から遠いものを眺める空野もまた、遠い。
空野は存在感が座敷童のように薄い。
雲のように浮世離れしている。
そういえば、雲は水である。
そして、人体の密度は、水とほぼ同じらしい。
ならば、空野が雲のようでも、不思議ではないかも知れない。
藤村は自由帳に書き連ねる。
◎密度=質量÷体積
・空野の密度=空野の質量÷空野の体積=人体の密度≒水の密度=雲の密度
・空野の存在の密度=空野の存在の重さ÷空野の存在の大きさ
・空野の心の密度=空野の心の重さ÷空野の心の大きさ
・空野の愛の密度=空野の愛の重さ÷空野の愛の大きさ
◎圧力=力÷面積
・空野の藤村に対する心の圧力=空野の藤村に対する心の力÷空野の藤村に対する心の境界面積
ずらずら式を並べ立ててから、ようやく気付いた。
これは自分の求めるものでは無い、と。
藤村が欲しいのは、空野の関心であり、空野との関係である。
さて、如何すれば藤村は空野の関心を得られるのか。
気になる人への関わり方など、教科書にも載っていない。
そもそも、学校は、学習という共通目的があるからこそ、学業をする組織として成立する。
其処を縁結びに目的外使用するのは、御法度ではないだろうか。
藤村は、如何すれば良いか、分からない。
だから、空野に察して欲しいし、空野から藤村に近付いて欲しい。
しかし、そんな期待をしている自分は、狡い、と藤村は思う。
何故なら、藤村が、気を配るコストも傷つくリスクも、空野に負担させようとしているからだ。
かといって、自分の欲求に対する責任を藤村が負えても、問題はまだ有る。
たとえば、藤村が「あーそーぼ」と空野を誘えば、空野は「いーいーよ」と応えてくれるだろう。
たとえ本を閉じても。
空野は優しいから。
しかし、その優しさに甘えてしまえば、藤村は腐って駄目になる。
いっそのこと、空野が困っていれば、話しかけやすいだろうに。
あたかもヒロインを救うヒーローのように。
そんな下心は、いざ空野が困った時に、却って空野を傷つけるだけだろう。
だから、藤村は利害得失を推し量る。
藤村が空野に何を与えられるか。
それは、藤村が空野から奪う読書より、価値が有るか。
しかし、どんなに藤村が慮っても、それは空野が決める事だ。
自分の価値が他者に依るのは、恐ろしかった。
自分の価値を自分でコントロールできないのは、怖かった。
藤村が頭を抱えていると、チャイムが鳴った。
時間切れだ。
いつのまにか、藤村は恐怖を回避する方を選んでいた。
藤村は唸りながら目を覚ました。
「試験は終わったよ。これを前に回して」
後ろの席の紅谷が、答案用紙を突き出した。