第10問 フルーツバスケットで何が分かるか
教室でフルーツバスケットが催されていた。
フルーツバスケットとは、ゲームである。
ゲームには、ルールがある。
一つ。
椅子を揃える。
椅子の数は、プレイヤーの人の和から、鬼の役をする一人の分を、引いた差である。
その椅子を、内向きの輪になるように並べる。
二つ。
人の所属を定める。
どのフルーツのグループに、どのプレイヤーがメンバーとして所属するか、ゲームの前に定めておく。
三つ。
鬼を決める。
鬼は輪の中心に立つ。
人は椅子に座る。
四つ。
ゲームを始める。
鬼がどれかのフルーツの名を告げる。
そのフルーツのメンバーは、今の椅子を捨て、別の椅子を取りに行く。
鬼も椅子を取りに行く。
五つ。
椅子を取れなかった者が、次の鬼になる。
六つ。
特別に、鬼が「フルーツバスケット」を告げたら、プレイヤーは全員、鬼も人もどのフルーツのメンバーも、新たに椅子を取りに行く。
以上が基本のルールである。
今回はフリースタイルなので、二つ目のルールが異なる。
事前にプレイヤーの所属を定めない。
代わりに、鬼が御題を出す。
御題は鬼が自由に決めて良い。
冒頭に戻る。
椅子を取り逸れた、空野が鬼になった。
鬼は御題を出すのがルールだ。
空野は澄み渡る聲で告げた。
「朝焼けが好きな人!」
「………」
藤村は面食らった。
誰も動かなかった。
空野は御題を変えた。
「時計草が好きな人!」
「………」
誰も動かなかった。
「フルーツバスケット!」
空野は叫んだ。
皆一斉に立ち上がった。
空野が机上に自由帳を広げている。
ペンを持つ手は止まっている。
その曇り貌は、陰雨に冴える梔のようで、藤村の目を惹いた。
「…空野」
思わず声が出た。
「藤村くん」
空野が顔を上げて幽かに微笑む。
「困っているのか」
「…ええ」
「訊いても良いか」
「瑣細な事よ」
「その憂い貌で?」
「…まあ」
空野はペンを机に置いて、片頰に繊手を添えた。
「…フルーツバスケットに相応しい御題とは、どのようなものかしら…と考え倦ねていただけなの」
「イベントのホストは、ゲストが楽しめたらそれで良いと思うが」
故に、ゲストの空野が楽しかったらそれで良い。
藤村は空野にそのように伝えたかった。
しかし、そのようには伝わらなかった。
「私の御題は、他のゲストを楽しませてはいなかった。当惑させてしまったわ」
藤村は否定できなかった。
「…そうだな。俺は耳を疑った。『朝焼けが好きな人』、と云われてもな、俺は自分が朝焼けが好きかなど、考えた事が無い」
「社交場では、天気の話題が無難かと思ったの」
マナーの教本のような答えだった。
そのセオリーがフルーツバスケットに適用できるかは疑わしいが。
「…そうだったのか。だが、何故、朝焼けなんだ。朝焼けでは分かり難い。雨は如何だ」
「確かに、雨の方が分かり易いわ。でも、先日、野外行事が雨天中止になったでしょう。雨に対する悪感情が強い時に、雨が好きかを問うのは、雨に対する反感を煽るかも知れない」
「…そうか」
空野は考え過ぎだ、そんな事で害される人など居ない…とは言えなかった。
他者は自分の想像の外側に居る。
心の内側を外側から証明する事は出来ない。
また、結果を確約する事も出来ない。
悪気が無ければ何をしても良いとは言えない。
守らなければならないのは、ゲームのルールだけではないのに、それを記したマニュアルは無い。
難しい。
「では、時計草の方は?」
「社交場では、季節の話題が無難かと思ったの」
「だとしても、何故、時計草なんだ。俺は時計草の形さえ分からない。もっと分かり易い、薔薇などは如何だ」
「…薔薇は男性の同性愛の象徴だから、カミングアウトを強要されたように感じさせてしまうかも知れない」
「……そうか」
無力感が藤村を蝕む。
空野は、自分が変な御題を出して恥を掻いた、とは思っていないようだった。
唯、自分の御題に於ける、他者を楽しませる機知が足らなかった処に、責任を覚えているらしい。
人を愛する為の技術。
空野が求めるものを、藤村は与えられない。
「…何故、無難な御題を選んだ」
「…御題を無難にする事で、社交場の心理的安全性を保守したかったの…。でも、出来なかったみたい、あの反応では」
「……そうだな」
空野は無害を極めたがるからこそ、却って奇警である。
空野と居ると、常識と思われている物事が、疑わしくなる。
空野も常識も、その不自然さが浮彫になる。
世界が揺らぐ。
故に、空野は怖がられる。
空野が呟く。
「…我が仏、隣の宝、婿舅、天下の軍、人の善し悪し」
突然、藤村の知らない言葉を繰り出す。
「……何だ?」
「茶道に於ける話題の禁忌」
「…政治、宗教、スポーツみたいなものか」
「そう。…そう、茶道! 茶道が御手本に出来るわ!」
「………」
空野は閃いたようだ。
藤村にはサッパリ分からないが。
「藤村くん、ありがとう! 私、図書館で調べて来る!」
空野の目が煌めき、頰が色めき、貌が綻ぶ。
「…おう」
それだけで、藤村の胸は温まった。
目が覚めた。
壁に掛けられた学ランが見える。
その学ランの色は、墨染である。青藍ではない。
夢の藤村は、青藍の学ランを着た、中学生だった。
今の藤村は、墨染の学ランを着る、高校生である。
そういうラベルが付着している。
そういうカテゴリーに入っている。
外見で分けられ、分かられる。
外見は衣服のような物だ。
藤村の内面を、外界から隔てる事で守っている。
カーテンを開ける。
朝焼けが目に沁みる。
今、フルーツバスケットで空野が朝焼けが好きな人を求めたら、鬼を代わって遣れるのに。
今の藤村にとって、夢から醒めた時に見える朝焼けは、愛しいものだ。
時計草は、名と形が一致するようになった。
時計草を見かけては、空野が微笑む面差を連想する。
空野は、愛の鬼だった。
フルーツバスケットの鬼は、何で人を分けるか決められる。
空野は何を愛するかで人を分けた。
空野は何に属するかで人を分けなかった。
空野にとって、アイデンティティとは、所属でも役割でもなく、主体性だったのかも知れない。
所属も役割も、関係で、現象だ。
現象は、主体と客体が愛によって合成されて発生する。
藤村の外見も、藤村を客体とする現象である。
藤村の外見は、藤村の主体と違う。
それは藤村ではない。
藤村の衣服のようなものだ。
藤村の外見の価値は、藤村の衣服の価値で、藤村自身の価値ではない。
人に見られているのは、衣服だけ、外見だけ。
衣服だけを褒められても喜べず、貶されても悲しめない。
藤村自身は誰にも見られていない。
外見に対する評価は、間接的な評価だ。
それは絶対ではない。
また、不変でもない。
外側から付けられる価値は、客観的で分かり易いようで、実は揺らぎ易く移ろい易い。
それが虚しく、心許無い。
一方で、空野は内面を見ようとしていた。
それは藤村にとって、内臓の輪郭を繊指で擦られるような、ゾクゾクする事だった。
他者の心の内側を、外側に居る者は、知り得ない。
空野は、他者が実存する事を、知り得なかった。
それでも、空野は他者に自分の知らない心が在ると信じて、大事にしていた。
そんな空野はもう居ない。
藤村の心は、もう、空野に探して貰えない。
藤村は此の心を、如何したら良いのだろう。
藤村は寒気を覚えた。




