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異端なる神聖調査官と聖騎士の奇跡事件録  作者: 嘉乃いとね
第4録:魔女の聖歌事件
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8. 報告

 典礼省地下、石造りの書庫。

 そこに一人、書簡を読みながら立つ男がいた。

 ユリウス・フォン・リヒテンフェルス。

 白い指先で紙の端を滑らせる所作は、まるで祈りのように静かだった。

 扉の向こうで足音が止まり、セオドール・クレメンスが現れる。

「戻りました。記録の再演は中断されましたが、観測は完了しました」

「そうですか」

 ユリウスは一枚の羊皮紙を伏せ、棚に戻した。

「神の奇跡は否定された……けれど、否定されたことで、構造は彼の中に残る」

「ユリウスはわずかに目を伏せると、ほとんど聞こえないほどの声で呟いた。

「……ならば彼は、もう信仰の外側にはいられない」

 しばしの沈黙のあと、彼は背後のステンドグラスに視線を向けた。

 青と赤のガラスに描かれた天使像は、奇跡の象徴ではなく、秩序の道具としてそこにあった。

「次は、恐怖を示しましょう。奇跡ではなく、喪失によって信仰を呼び戻す」

「民衆の反応は?」

「充分です。希望よりも、不安の方が早く拡がる」

 ユリウスは歩き出す。

 ローブがわずかに揺れ、その影が書棚に長く伸びた。

「セラフィム聖教会は、信じさせる側でなければならない。信じることに怯える者たちにこそ、我々の導きが必要なのです」

 セオドールはただ静かに一礼した。

 そして、そのまま何も言わずにユリウスの背を見送った。

 回廊の奥へと消える彼の足音は、どこまでも静かだった。


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