8. 報告
典礼省地下、石造りの書庫。
そこに一人、書簡を読みながら立つ男がいた。
ユリウス・フォン・リヒテンフェルス。
白い指先で紙の端を滑らせる所作は、まるで祈りのように静かだった。
扉の向こうで足音が止まり、セオドール・クレメンスが現れる。
「戻りました。記録の再演は中断されましたが、観測は完了しました」
「そうですか」
ユリウスは一枚の羊皮紙を伏せ、棚に戻した。
「神の奇跡は否定された……けれど、否定されたことで、構造は彼の中に残る」
「ユリウスはわずかに目を伏せると、ほとんど聞こえないほどの声で呟いた。
「……ならば彼は、もう信仰の外側にはいられない」
しばしの沈黙のあと、彼は背後のステンドグラスに視線を向けた。
青と赤のガラスに描かれた天使像は、奇跡の象徴ではなく、秩序の道具としてそこにあった。
「次は、恐怖を示しましょう。奇跡ではなく、喪失によって信仰を呼び戻す」
「民衆の反応は?」
「充分です。希望よりも、不安の方が早く拡がる」
ユリウスは歩き出す。
ローブがわずかに揺れ、その影が書棚に長く伸びた。
「セラフィム聖教会は、信じさせる側でなければならない。信じることに怯える者たちにこそ、我々の導きが必要なのです」
セオドールはただ静かに一礼した。
そして、そのまま何も言わずにユリウスの背を見送った。
回廊の奥へと消える彼の足音は、どこまでも静かだった。




