13. そして終幕
広場での激闘を終えた翌日。
ミハエルとコンラートは、会計局へと足を運んでいた。
蝋燭の灯りが静かに揺れる執務室。
分厚い帳簿が整然と並ぶ机の前には、いつものように会計局長リヒター・シュヴァルツが静かに佇んでいる。その傍らには、助手のエーレン・フロイデンが控えていた。
ミハエルは無造作に手帳、設計図、職人の証言書を机の上に放り投げる。
「約束通り、証拠は持ってきたぜ」
リヒターは無言で帳簿のページをめくりながら、ちらりとそれを確認する。細縁の眼鏡の奥で、灰色の瞳が微かに細められた。
「これで、異端審問官の動きは抑えられるだろう」
ミハエルは葉巻を指先で弄びながら、にやりと笑った。
「さすがにお偉い会計局長殿なら、これをどう使えばいいか分かってるよな?」
リヒターは帳簿を閉じ、眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。
「当然だ」
その端正な顔には微塵も感情が浮かばない。彼は静かに視線をミハエルへと向け、淡々と続けた。
「……しかし、随分と派手にやったな」
その言葉に、ミハエルの笑みが一層深まる。
「まさか、バルドと真っ向からやり合うとはな?」
リヒターの声には僅かな皮肉が滲んでいた。
ミハエルは肩をすくめ、気だるげに言葉を返す。
「本当はアンタらの管轄下で穏便に動くはずだったが……どうしても向こうさんが話し合いに応じたくなかったらしいんでね」
その横で、コンラートは静かに腕を組みながらリヒターを見据えた。
「バルドは撤退したが、これで終わりとは思えない」
「当然だ」
リヒターは眼鏡を押し上げ、冷静に言葉を続けた。
「だが、異端審問官の資金源を断てば、彼らの動きも鈍る。そこまで『無駄な金』を流せるほど、今の教会に余裕はない」
その言葉に、ミハエルは指を鳴らしながら再び笑みを深める。
「いやぁ、無駄な金ねぇ。異端審問官たちからしたら、神聖な運営費ってとこだろうが……まぁ、俺たちとしてはありがたい話だな」
リヒターは無表情のまま頷く。
「私は金の管理者であって、信仰の管理者ではない。教会がどう混乱しようが、財務の安定さえ崩れなければそれでいい」
その冷徹な言葉に、コンラートは僅かに眉をひそめた。
だが、その沈黙を破るように——。
「も、もう勘弁してくださいよおおおお!!」
エーレン・フロイデンが、半泣きの表情で叫んだ。
「俺、昨日の広場の戦闘も聞きましたよ!?なに、もう異端審問官と全面戦争になるんですか!?会計局にいるだけで巻き込まれ枠なんですけど!」
エーレンは半ば本気で頭を抱えている。
「もう嫌ですよぉぉぉ!!俺、普通に事務処理して、平和に生きたいだけなんですから!」
ミハエルは愉快そうに笑いを堪え、リヒターは無表情で淡々と部下の嘆きを完全に無視していた。
リヒターは書類を指で弾き、静かに言った。
「異端審問官をこの街から撤退させることは可能だろう。だが——お前たちの仕事は、これで終わりではないぞ?」
コンラートが目を細める。
「どういう意味だ?」
リヒターは再び帳簿に視線を落とした。
「信仰の秩序というものは、一度乱れれば簡単には戻らない。帝都でも、いずれ似たような騒ぎが起こるかもしれん」
ミハエルが葉巻を指で転がしながら、軽く口角を上げた。
「まぁ、その時はその時だ」
「帝都に戻るなら、エリヤにも伝えておけ」
リヒターは眼鏡の奥で瞳を細め、静かに言った。
燭台の炎が揺れ、帳簿の上に影を落とす。
夜の空気は冷たく、遠くではまだ広場の片付けの音が響いていた。
「さーて、帰って局長に報告か……嫌な顔されそうだな?」
ミハエルは気だるげに呟いた。
「むしろお前の態度のほうが嫌がられるだろう」
コンラートは肩をすくめながら返した。
「それは否定しない」
二人は駅に向かって歩き出した。




