8. 封印された扉
翌日、二人は鍵の扉を探すために聖堂内にある書庫にやってきた.
分厚い石壁に囲まれた書庫は、長い歴史をそのまま閉じ込めたような場所だった。
大理石の円柱が等間隔に並び、天井を支えている。外の光は届かず、明かりは壁際の燭台と天井に吊るされた鉄製のランプのみ。
揺らめく灯火が、無数の書棚に並ぶ書物の背表紙をかすかに照らしていた。
棚には、古びた羊皮紙の巻物、年代物の装丁が施された分厚い書籍、会計記録、歴代の教令文書などが所狭しと並んでいる。
一部は鍵のかかった箱や、封蝋で厳重に封じられた書簡もあり、重要機密を守るための鉄格子が設けられた区画もあった。
空気は重く、微かにインクと紙の香りが混じっている。
そんな静寂を破るように、コンラートが口を開いた。
「そういえば、さっき聞いたんだが、異端審問官の監督官が、この街に来ているそうだ」
ミハエルの手が、書類を漁る手を止めた。
指先に挟んだ紙片を弄びながら、青の瞳が微かに細められる。
「ほぉ……バルド・フォン・バルトハイムのことか」
彼はゆっくりと視線を上げ、コンラートを見やった。
「そいつは、また随分と面倒な話だな」
「知っているのか?」
「いや、面識はない。名前くらいだな」
「監督官が異端審問官たちを統制しに来たんだろうと街の連中が噂している」
ミハエルが片眉を上げる。
「統制、ねぇ……統制じゃなくて粛清だろ?」
彼の唇に皮肉な笑みが浮かぶ。
「監督官が動くということは、近いうちに大規模な処刑が行われるってことさ」
コンラートが黙り込んだ。
短い沈黙の後、低く問う。
「本当にそんなことをするのか?」
「するさ……まあ、大粛清なんて事をさせるつもりはないけどな」
ミハエルは葉巻を弄びながら、楽しげに笑った。
その時、彼の指が手にした設計図の一枚を弾いた。
「……リューゲン大聖堂の倉庫は、何度か改修されてるな」
設計図を目で追いながら、手元の羊皮紙をめくる。
「だが、一部の区画は手付かずのまま残っている」
ミハエルが示したのは、設計図の隅に記された封鎖された地下室の文字だった。
コンラートが腕を組みながら覗き込む。
「記録を探せば、他にも鍵付きのまま放置された部屋があるかもしれない」
ミハエルは図面を目で追いながら、指先で鍵を弄んだ。
「ふーん……地下室ねぇ」
「封鎖された理由が書かれていないな」
コンラートが設計図の隅に記された封鎖された地下室の文字を指でなぞる。
「そりゃまた、そそる話じゃないか」
ミハエルはにやりと笑い、興味深そうに図面を見つめた。
もし「封鎖」という処置が取られたのなら、そこには何かしらの理由があったはずだ。
それが単なる老朽化によるものなのか、それとも意図的に隠されたものなのか――。
答えは、そこへ行けば分かる。
しばらく設計図を睨んだ後、ミハエルはコンラートに視線を投げた。
「決まりだな」
「ああ」
彼らの視線が、設計図の一角に落ちる。
地下倉庫の入り口と思われる場所には、ある注釈が添えられていた。
改築の際に封鎖。現存の通路なし
「……現存の通路なし、ねぇ」
ミハエルは口元に手を当て、僅かに思案する。
封鎖されたのが「物理的に塞がれた」という意味なのか、単に「表向きの入り口が閉じられた」だけなのか――。
そして、その答えを知っているかのように、コンラートが設計図の別の箇所を指差した。
「ただし、これを見ると、正面からは入れないらしいな」
ミハエルがその指先を追うと、設計図には大聖堂の地下構造が描かれている。
その奥に、かつて地下倉庫と繋がっていた別の通路が示されていた。
だが、その通路にはもう一つの注釈がある。
“現在、カタコンベと接続”
ミハエルは小さく口笛を吹いた。
「なるほど……地下墓地を通るルートがあったってわけか」
カタコンベ――リューゲン大聖堂の地下墓地。
かつて司祭や聖職者たちの遺体を安置していた場所であり、現在は「関係者以外立ち入り禁止」となっている。
「じゃあ、こっちからだな、カタコンベの先だ」
コンラートは設計図を見ながらつぶやく。
封鎖された地下室へ向かう唯一の道。
それは、眠るべき者たちの間を通り抜けるルートだった。
「死人が道案内ってわけか」
ミハエルが肩をすくめ、鍵を指で転がす。
「いいねぇ、ますます胡散臭くなってきた」
この瞬間、室内の空気がわずかに冷え込んだ。




