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異端なる神聖調査官と聖騎士の奇跡事件録  作者: 嘉乃いとね
第2録:聖者の黄金(サンクトゥム・アウルム)事件
23/52

3. 聖なる奇跡の裏

 重厚な扉の奥、静謐な空気が満ちる一室。

 そこには、巨大な書架と長い会議机、そしてその奥で書類に目を通す一人の青年がいた。

 ユリウス・フォン・リヒテンフェルス。

 セラフィム聖教会、最年少の枢機卿。

 白磁のような肌、絹のごとく滑らかな金の髪、そしてその青い瞳には、まるで星の光すら映らない冷徹さが宿っていた。

 ペンの先が書類の端を弾く。

 淡々と、まるで日常の一部のように記された報告書の数々。

 そこに記されているのは――リューゲンで起こった奇跡の経過報告。

「リューゲンの状況は?」

 静かな問いかけ。

 まるで湖面に石を投じるかのような、ささやかながらも確実に波紋を生み出す声だった。

 その声に応じたのは、一人の壮年の男だった。

 黒い衣に身を包み、堂々とした体躯を持つ異端審問官。

 バルド・フォン・バルトハイム。

 ユリウスの右腕として、異端審問官をまとめ上げる男。

 40に届くかどうかの年齢ながら、冷静でありながらも冷徹に振る舞える、現場を知る実直な男。

 彼はユリウスに敬意を払いつつも、彼の手腕には一抹の警戒心を抱いていた。

 バルドは深く一礼し、報告を始める。

「信者たちは熱狂しています。じきに奇跡を疑う者たちは小数になって行くでしょう。異端審問官たちも、信仰の名のもとに動くことに迷いはありません。すでに幾人かの異端者を捕まえています」

 ユリウスは書類をめくる手を止めずに、淡々と頷く。

「では、信仰の再構築は、計画通りに進んでいると見ていいのですね?」

「はい。しかし……」

 バルドは慎重に言葉を選び、少し間を置いた。

「神聖調査官が動いています」

 その言葉に、ユリウスの指がピクリと動く。

 彼は書類をめくる手を止め、初めてバルドへと視線を向けた。

「……名前を」

「ミハエル・フォン・ヴァイセンブルク。そして、神聖騎士団からコンラート・ハインリヒ・フォン・アイゼンシュタイン」

 ユリウスのまつげがゆっくりと伏せられ、次いで静かに上がる。

 まるでこの名前を聞くのが、予定調和であったかのような冷静さ。

 だが、彼の目の奥にはかすかな興味が見え隠れしていた。

「なるほど」

「彼らは、すでに聖者像を調査し、奇跡の細工を疑っています。しかし、証拠はまだ完全に掴めていません。とはいえ、放置すればやがて……」

「そうでしょうね。しかし、計画はそのまま進めてください」

 ユリウスはゆっくりとペンを置いた。

 彼の指が、一枚の書類の隅を軽く弾く。

 その書類には、リューゲンの現状が細かく記された調査報告が載っていた。

「あなたにリューゲンへ向かっていただきます」

 バルドは一瞬、目を細めた。

「……異端審問官を、どこまで動かせばよろしいのですか?」

「動かしすぎないことです。無駄な波を立てるのは得策ではありません」

 ユリウスは、まるで教典の一節を暗唱するように淡々と言った。

 バルドは一礼しながらも、心の奥に小さな棘のような違和感を覚えた。

 ユリウスは決して「排除しろ」とは言わない。あくまで「牽制しろ」

 つまり、ミハエルたちがどこまで掴んでいるかを見極め、必要なら次の手を打つということだ。

 バルドはもう一度深く一礼し、静かに部屋を辞した。

 扉が閉まると、ユリウスはゆっくりと目を閉じる。

「神聖調査官……興味深い」

 静かに呟きながら、ユリウスは机上の書類をひとつ手に取った。

 そこには、ミハエル・フォン・ヴァイセンブルクの名前が記されている。

 「さて……どこまで進めば、彼らは気づくのでしょうね?」

 ユリウスの唇が、わずかに微笑を描いた。

お読みいただきありがとうございます。

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