4 プラル地方再訪 ②
少しの沈黙の後、エドワードが再び口を開いた。
「……なら、この情報も与えよう。僕は、エザールから来た人間だ」
シーナは目を丸くしたが、すぐに冷静になって問いただした。
「それも本当かどうかわからないわ」
「レオ・セガールのことも知っている。彼はエザールからダランに派遣された人間だから」
「……誰、その人?」
あえて知らないふりをした。もし知っている顔をしたら、自分がダランの人間であると公言しているようなものだからだ。
しかし、その意図には反して、エドワードは予想を上回ることを言ってきた。
「リナ、君は彼のことを知っているだろう。だって、ダランの人間だろう?」
「……どうしてそう思うの?」
エドワードはほとんど確信して言ってきたのだろうが、それに容易に答えることもできない。シーナは引き続き何も知らないという顔をした。
「十年前、君を見た。この場所で」
彼がそう言うということは、あの現場を見ていたということだ。おそらく、森の中から見ていたのはエドワードだったということで間違いないだろう。
シーナは、そこまで気付かれているなら隠し切ることはできないと悟った。
「エドワード、……あなたが言っていることは正しいわ。で、あなたは本当にカクリスの人間ではないの? 辞めたってこと?」
「そういうことだよ。十年前は教員だったけど辞めた。特に理由はないが、疲れたというのが正しいかもしれない」
「で、メラニアを動かしたのはあなた?」
エドワードは久しぶりに笑顔になった。
「そう、この僕だよ。メラニア総合指揮官と、当時のリリア・ボード総合指揮官を会わせる必要があったからね。まさに君の推理どおりだ」
「でも、メラニアの手紙が本当にダランに届いているのか不安になるようなら、レオ・セガールが手紙を代筆すれば済むのでは? それを避けた理由は?」
「君がいたからだ」
シーナは眉を顰めた。
説明する、とエドワードは続けた。
「元々、君はモア・ブルーノという教員に救われている。その男もエザールの人間、つまり、僕たちと同じ陣営だ。彼が君を救った理由はただ一つ、君をエザールに持ち帰りたかったから。しかし、君の魔力は強すぎた。モアが君を拾ったとしても、下手をすれば自分が命を落としかねない。そこで、リリア・ボード総合指揮官に世話を委ねたわけだった」
「けど、リリアの目的は、あなたたちとは違った」
「そのとおり。だから、リリア・ボード総合指揮官の記憶を一度奪った」
エドワードは顔を曇らせた。まるで被害者面をしているようにも見えて、シーナは相当に腹立たしかった。
「残念なことに、君を強くさせるにはそれしか方法がなかったんだ」
「で、リリアとメラニアを直接会わせた理由は?」
「日時指定で会いたいという手紙だったから。なんとしてもそのタイミングで二人を会わせる必要があった」
シーナは腕を組んだ。夜の墓場で全く光を感じない場所だったが、エドワードの金髪ははっきりと認識できた。
「それで、あなたたちが裏で仕組んだのね。ユキア先生の遺体はどうやって?」
「事前にメラニア総合指揮官が殺した遺体を空間に入れておいて、君たちが来たところで出した」
「ユキア先生を殺した理由は? それと、あのタイミングであの場所に出した理由は?」
「単純さ。現代魔法研究所のことを探っているダランの人間がいる、それだけで十分だ。それと、遺体を出現させた理由は特にない。遺体自体は、僕たちには不要だっただけだ」
エドワードは笑った。
一方のシーナは腹立たしい気持ちでいっぱいだった。どうしてこうも平然としていられるのか、信じられなかった。
「タイミングも含めて、すべて計算済みだったのね。それで、二人を動かし、自分たちの利益だけ取っていこうとしていたってわけ」
「そういうこと。僕たちは、メラニア総合指揮官にもリリア・ボード総合指揮官にも興味はなかった。ただ一人、君をエザールの星にしたかっただけだ」
「そんな姑息なことをしている場所に、絶対に行かないけどね」
そう吐き捨てたのを拾うように、エドワードは続けた。
「こっちに来れば、君だっていいはずなんだ。生涯安泰、常に総合指揮官的立場にいられる。すべて自分の手下、何でもやりたい放題だ」
「そんなこと求めてない。あなたたちは、そんなことのためにあっちこっち派遣されて、情けなくないの?」
「情けない? ……そんなわけないに決まっているだろう」
エドワードは目を丸くしていた。シーナの言っている意味がわからないという表情だ。
「エザールは世界皇帝御所も世界皇帝御陵もある唯一の地方だ。それに、エニンスル半島の最初の文明の地でもある。人々はあちこちに出ていってしまっているが、本来的にはエザールがエニンスル半島の中心地だ。そんな崇高な地方に貢献できて、情けないなんて感じるわけがないだろう?」
彼が言っていることは、完全な誤りというわけではない。実際、エニンスル半島で最初に文明が栄えたのは、大陸に一番近いエザールだ。人々は砂漠の多いエザールからより生活しやすい各地に広がったが、エニンスル半島の一等地といえばエザールだと思っている人は一定数存在する。特に、エザールの人間ほどその傾向が強い。
エドワードもそのうちの一人ということだ。そして、おそらくレオ・セガールやモア・ブルーノもそうなのだろう。
「……あなたたちがしようとしていたことは理解した。で、あなたはどうしてここに?」
「偶然だよ。最近君がダランにいないという情報を受けて、いつかここに来るだろうと思って、毎日この近くに来ていた。今日は本当に偶然君に出会ったわけだ」
彼の執念を感じ、シーナは思わず身震いした。
「なるほど。いずれにせよ、あなたと出会えて、メラニアが動いていた理由がよくわかった。ありがとう、エドワード」
「どういたしまして、シーナさん」
シーナは立ち去ろうとしたが、エドワードの言葉に後ろ髪を引っ張られた。
「名乗ったっけ?」
「いいや。でも、もちろん君の名前は知っているよ」
レオとも繋がっているわけだ。知らないはずがない。
シーナはため息をついてエドワードに背を向けた。
「君の素性を知っている僕を、殺さなくていいのかい?」
「……いいわ。人を殺すことは好きじゃない」
シーナの回答に、エドワードは笑って応えた。
「校外調査員らしくないね。でも、それでいいのかい? 僕がカクリス魔法学校や現代魔法研究所に話すかもしれない」
「それはないでしょうね。あなただって私に正体を握られたわけだし、そもそも、互いに相手のことを話すメリットがない」
「なるほど、頭がいいですね。まさにそのとおりだと思います。僕がカクリスなどにシーナさんのことを話すことは、今後一切ないでしょう」
彼の言葉を背に、シーナはプラルの街の方に歩き進めた。
「そうそう、言わないといけないことがありましたね」
その声を聞いて、シーナは足を止めた。
「レオは、世界皇帝護衛軍に移籍したんですよ、数年前から」
「確かに、最近学校でも見なかったか……。どうして?」
「ダランで教員となって働くべき任期が過ぎたからですよ。それに、子どもが生まれた」
「彼が結婚していたなんて」
「子どもが生まれるほんの少し前のことですよ。わざわざ他人に言うことでもありませんから、あなたが知らなくて当然」
レオの子どもということは、その子もダランに来ることになるのだろうか。それとも、子どもは別の扱いだろうか。
少なくとも、現時点でレオは学校から目を付けられている。もしレオの子がダランに入学しても、それがエザールの仕業なのかレオが父親として決断したことなのかは全くわからない。
「でも、世界皇帝護衛軍に入るなんて」
「安定していますからね。諜報活動と違って、周りは何かあったときに助けてくれる仲間ばかりだ」
真意は計り知れないし知りたいとも思わないが、もしレオが本当にそのように思っているのならば、それはぶっ飛んだ成長だと言えるだろう。
「情報提供ありがとう。じゃあ、私は行くから」
「ええ、どうも。あなたがエザールに来られることを期待していますよ」
行くわけないだろと思いながら、シーナは何も答えずその場を離れた。
ユキアが死んだことの背景は理解した。コートのポケットから新聞の切り抜きを取り出すと、シーナは歩きながらその記事をぼんやりと眺めた。
中程のページに小さく設けられた区画に「ダラン教員、ケルン地方郊外で遺体で見つかる」と題されたその記事を見れば、シーナなど一部の人間は、その教員が校外調査員だろうことは容易に理解できた。この記事の内容はシーナの担当ではないため調査に行くことはしないが、おそらくカクリスか現代魔法研究所が絡んでいることは間違いないだろう。
シーナは記事を何度も破り、草原を駆け巡る風に預けた。




