3 世界皇帝の秘密 ②
フランチェスカに導かれるがままに、世界皇帝御所の建物の目の前までシーナはやってきた。振り返って見回してみると、確かに美しい場所だが、何だか妙に明るい気がした。
「ここはどこなの? 雲の上?」
「いいえ、単なる魔法空間です。雲の上でも下でもないし、地上でも地下でもありません。ですが、一応、地上からは空にあるように見えます」
「……とにかく、息子が元気かだけでも見たくて。護衛軍の人たちはどこにいるの?」
フランチェスカは建物の右手側を指差した。
「いるとすれば、あっちの方ですね」
「なら」と言いながら、シーナはそちらに向かって一歩踏み出した。
「それにしては、地下に墓を作るなんて、一体誰の提案なんだろう」
「初代世界皇帝のエード・セリウスです。人々が簡単に辿り着ける場所だと、墓荒らしに遭いやすいと考えた彼は、自分が死ぬ間際になったときに、当時の護衛軍に地下に埋葬するよう指示したのです」
「確かに、さっきの構造であれば、なかなか墓荒らしに遭うことはないでしょうね」
「そうなのです。同様の考えで、世界皇帝御所にも立ち入りが難しくなるようにこのような魔法空間が作られています。先にできたのは世界皇帝御所で、エード・セリウスは、御所を守るのは自分だという気持ちで、御所の入り口を自分の墓に置きました。御陵から御所に繋がっているのは、そういった経緯があります」
シーナは「なるほど」と頷いた。一体誰がこんな魔法を使えたのかは知らないが、確かに、安全面という点においてはこれ以上のものはないだろう。それに、そもそもこの場所に来るのが難しいのであれば、世界皇帝護衛軍の実力がいかであったとしても、最初から活躍する必要がなくなるため最適だ。
二人は世界皇帝御所の建物内に入り、フランチェスカの指差した方向……セリウス家側のエリアに入っていった。
シーナは私服で周囲をキョロキョロと見回しており、見るからに御所で働く人間ではない。周りを行き交う人々はそんな彼女のことを不思議そうに眺めていた。
「私、来て良かったのかな」
「いいですよ。隊長が適当にしておけって言ってましたから、隊長の責任です」
呑気なフランチェスカだが、無駄に素直でなぜか可愛らしく見えてきたシーナだった。
「この部屋が男性の待機室です。適当に探してもらっていいですよ」
フランチェスカに案内された部屋は、少し厳かな雰囲気のある、巨大な宴会場だった。見てすぐに葬儀用だと理解できた。
「適当にって?」
「名前を呼ぶとか、入ってぐるぐる探し回ってみるとか」
「それは、……ねえ」
シーナは困った表情を見せた。恥ずかしがっているような顔をしたつもりだが、実際のところ、ここでベルという人間がいてもいなくても、自分が嘘をついていたことがわかってしまうからだ。
そのため、他の部屋も眺めながら、できるだけ早く御所から出たいという気持ちでいっぱいだった。
「フランチェスカ、ありがとう。でも、ここから息子の姿が見えたから、もう大丈夫よ。帰るわ」
「え! それはあんまりにもですよ、シーナさん。せっかく息子さんが見えたなら、少しぐらい話していけばいいじゃないですか。手紙も寄越さないんでしょう?」
素直でいい子ということだろうが、気遣いが迷惑になってしまっている。何とかしてこの場を離れたい。
「いや、大丈夫よ。忙しそうに動き回っていたし。ちょっと、声かけるのは申し訳ないわ」
「……それは残念です」
フランチェスカは急に暗い表情になった。……そこまで同情してもらわなくてもいい。
シーナは決まりが悪い気持ちになってきたので、部屋から離れる方向に歩き始めた。
「ここまで案内してもらったのに、申し訳ないわ。でも、忙しそうにしている息子を見たら、それだけで満足しちゃって。帰ったら、あなたに何かお礼を送りたいわ、後で住所を教えて」
「仕方がないです。シーナさんが息子さん想いなんだってことはよくわかりました。なら、帰りますか。住所は後でお伝えしますね」
フランチェスカが後ろから付いてきた。
普通は来ることのできない世界皇帝御所にやってくることができて、シーナはすでに満足していた。魔法運用協議会のときに来たことはあったが、そのときはこのようにゆっくりと見回しながら歩くことなどできなかった。今回は単純に観光できた気分で、勝手に楽しんでいた。
◇◆◇
廊下を歩いていると、壁にアイザック教会群遺跡の教会の絵画が飾られていた。教会は美しく華やかに描かれていて、教会が建設された当時の様子の絵画だと考えられる。教会はたった一つだけ描かれていて、とても「教会群」と呼べるほどではない。
「アイザック教会群遺跡といえば、今はかなり崩れていて、こんな綺麗な感じじゃないらしいわね」
「みたいですね。……そうそう、私はあまり知らないのですが、第三代世界皇帝の時代には、教会を破壊しにいく任務があったみたいです」
「破壊する? ……風化して崩れたわけではなくて?」
「もちろん、風化した分もあると思います。教会自体古いものですから。でも、護衛軍が破壊した分の方が多いと思います。巷では盗賊の破壊だと言われていますが、ほとんどは護衛軍だと言ってもいいと思います」
シーナは絵画の前で立ち止まった。それを見て、フランチェスカも絵画を眺めて立ち止まった。
「アイザック教会群遺跡はアーム教のものでしょ? それを、どうして護衛軍が破壊する必要があったの? 護衛軍はみんなマージでしょ。それに、世界皇帝が許すとも考えにくいし」
「おっしゃるとおり、全員マージです。でも、破壊行為は世界皇帝の命令でした」
「世界皇帝の? ということは、第三代世界皇帝のハワード・セリウスってことか……」
「そういうことです。第三代世界皇帝はオームでしたから」
シーナは目を丸くした。そんな話、聞いたことがなかったからだ。
「ということは、自分がオームだから、マージの崇拝の対象が気に入らなかったというわけ?」
「そうです。でも、護衛軍は全員マージ、気に入らないなどという感情はありませんでした。だから、破壊行為は小規模なもので収めたかったと思います。とはいえ、結局命令だったために、それなりに破壊することになったようですが」
「それ以上の破壊行為は誰が?」
「それこそ、盗賊などの仕業でしょう。が、破壊行為を潔しとしなかった護衛軍のメンバーが、それまで世間に隠されていた、ハワード・セリウスがオームだという事実を、ある研究者に伝えました」
シーナはフランチェスカに視線を移した。一方のフランチェスカは、真っ直ぐ絵画を向いたままだ。
「もしそうなら、その研究者の身は危険では……?」
「はい。彼の名前はヘルベルト・ルイス。どこかの学校と関係を持っていたわけでもなく、単なる研究者でした。でも、彼の研究者としての本能が、第三代世界皇帝の秘密を書籍として公表しようとしました」
「書籍の出版には、ここの検閲がある」
「そうです。そこで、ヘルベルト・ルイスの書籍は、極秘に出版された数冊しか出回ることはなかった。だから、今日でも、秘密を知っている人は多くありません」
フランチェスカは、自分の方を向いていたシーナの目を見た。
「しかし、第三代世界皇帝は、自分の秘密を握ったヘルベルト・ルイスのことを見逃すはずがなかったのです。第三代世界皇帝は、執拗に相手を追い詰める性格だったのです」
「殺したということ?」
「はい。ただ、正確には、殺させた、ということです」
「一体、誰に?」
「私たちもよく知らない人物です。ただ、世界皇帝自身は手を汚していません。ヘルベルト・ルイスの死亡が推定される時刻、世界皇帝はここにいましたから」
おそらく、世界皇帝は、フランチェスカや他の世界皇帝護衛軍も知らない誰かに事前に接触し、ヘルベルト・ルイスを殺すよう手を組んだのだろう。
しかし、どうしてその人物と接触することができたのだろうか。単なる偶然だろうか。
「ところでこの絵、教会群と呼ぶには教会が物足りないと思うけど、どうして?」
「最初は、教会はいくつかしかなかったんですよ。それが、第二代世界皇帝の時代に増設されたことによって、教会群になったんです」
「第二代世界皇帝ということは、エロール・セリウスよね。どうして教会をまた作ったのかしら」
「聞いた話によると、自分の息子だったハワード・セリウスがオームだったため、魔法の恩恵を受けるように、アーム教の教会を増やしたとか。正直言って馬鹿馬鹿しい話だと思いますが、当時はそうやって教会に縋ることで、心の安定を得ていたんだと思います」
割と大人なことを言う。それに、よく過去の話を勉強している。シーナはフランチェスカに感心していた。
「なるほどね。そうやって、教会群が誕生して、でもそれを知っていたのか知らなかったのか、アーム教を毛嫌いしたハワード・セリウスが破壊を命じたと」
「そのとおりです」
フランチェスカはそう言ってから、また歩き始めた。
「とても残念な話だと思います。せっかく自分のために作ってくれたものを勝手に壊したのですから。そんなことをしていては、いつまで経っても時代の安泰なんて来ませんよ。ね、シーナさん」
シーナは彼女の後ろを追いながら、「そうね」とだけ告げた。




