2 新しい家族
自分の子どもができたら、その子の名前を「ルーカス」にしよう、などとイールスと決めてから三年が経過した頃の話だ。このとき、誰が見てもわかるように、シーナは懐胎していた。
この日、シーナとイールスは揃ってグランヴィルの病院にやってきていた。シーナの出産のためだ。自宅で出産する人も多くいるが、シーナたちは病院での出産という贅沢な選択をしていた。
医師はシーナの身体の状態を確認して告げた。
「そうですね、すぐに出産の準備としましょう。あ、シーナさん、緊張は不要ですよ。医療魔法で治療しながら出産を行いますので、痛みは全くありません」
自宅の出産であれば痛みを伴うが、この病院では医療魔法を使って痛みを除去するため、無痛での出産が可能となっている。多くの病院では同様の措置をとっており、今となっては一般的な方法だ。
シーナたちは医師に案内されるがままに、別室へと移動した。
やってきた部屋の中央部には分娩台が置かれており、脇には出産に必要な器具が並べられていた。
医師の医療魔法により、シーナは全く痛みを感じることなく出産を終えた。元気に生まれてきた子は女の子で、シーナは早速「ルーカス」と呼び始めた。
ルーカスは、シーナによく似た橙色の髪をしていて、目はイールスのように青かった。
「イールス、ルーカスだよ。私の、私たちの宝物」
シーナの言葉に、イールスはゆっくりと頷いた。
その後、彼がルーカスを医師から受け取ろうとすると、シーナが腕を伸ばしてきた。
「待って、最初は私がルーカスを抱きたい」
医師は一瞬困った表情を見せたが、イールスが顎でシーナの方を指したため、ルーカスを彼女に抱かせた。
「かわいい……。ルーカス、シーナだよ。生まれてきてくれて、ありがとう」
シーナの声には耳も貸さず泣いているルーカスを、シーナは構わず抱き続けていた。
◇◆◇
シーナもイールスもマージだったこともあり、ルーカスがマージであることは血液を採取して確かめるまでもなかった。
「ルーカスは魔法学校に進学よね」
「もちろんだろう。ダランに入ってもらいたいな」
家に帰ってから、イールスと交わした言葉だった。
それからちょうど数ヶ月経過してからのことだった。近くに住んでいたエールという苗字の、地方役場に勤めている夫婦も女の子を出産したという。予定どおり、名前はアオイにしたということだ。
「アオイちゃん、かわいいですね」
「ありがとうございます。ルーカスちゃんもかわいいじゃないですか。ちょっと、抱っこしてもいい?」
「いいですよ。ほら」
エール家の父親とイールスが知り合いだったため、その母親とシーナはすぐに打ち解けた。ルーカスとアオイを何度も会わせているうちに、情緒がついてきた頃には二人とも随分と仲が良かった。
「アオイ! 遊びに行こうよ!」
比較的おとなしいアオイを決まってルーカスが誘い、一緒に外に出かけていた。公園に行くことも多かったし、シーナたちも一緒にグランヴィルの方に出かけることもあった。早くも仲の良い友達ができて、シーナは安心していた。
さらに安心する材料となったのが、エール家の母親が、アオイをダラン総合魔法学校に入学させることを希望しているということだった。おそらく二人とも問題なく入学できるだろうが、そうすれば、学校生活でも人間関係で困ることはほとんどなさそうだと感じた。入学前から仲の良い友人がいるのは、大層心強い。
ルーカスはすぐに本を読み始めた。他の子どもよりもずっと早い。逆に、早すぎて心配してしまうほどに、ルーカスは本を眺めていた。
「お母さん、ジュース飲みたい!」
本を眺めた後は、すぐにジュースをねだってくる。そんなところも可愛くて、シーナはルーカスに言われるがままにジュースを運んでいた。
その頃から、アールベストから出る仕事は少なくなった。あったとしても、日帰りの小さな案件がほとんどだった。
仕事が終わればすぐに帰宅し、ルーカスと遊んだ。ルーカスは、シーナが帰ってくると、遊んで欲しいと両手を広げて待っているタイプだった。
そんな仕草を見ては、ますますルーカスが可愛く見えてしまうシーナだった。晩御飯に何を作ろうか迷ったときは、一番ルーカスが喜ぶシチューにしていた。
しかし、すぐにシーナはあることに気が付いた。仕事が軽くなっているのは、ルーカスが生まれたばかりだからだ。おそらく、ルーカスがもう少し成長すれば、校外調査員の中でもかなりの実力者であろうシーナには、これまで以上に重たい仕事がやってくることがあるだろう。
そうなってくると、早く帰宅することが難しい可能性もあるし、そもそも帰宅できないことすら考えられる。
つまり、ルーカスの面倒を見ることがほとんどできなくなるということだ。
イールスは学長という重たい仕事をしていることもあり、家に帰ってくることが少ない。したがって、シーナが家に帰らなければ、ルーカスは一人だということだ。
シーナはルーカスが一人である程度生活できるよう、それまでより厳しく世話をすることとなった。
◇◆◇
家族、それは、昔のシーナには全く理解のできない存在だった。自分には両親がいなかったし、自分の世話をするのは自分だった。リリアは学校のことは面倒を見てくれたが、私生活についてはほとんど干渉してこなかった。基本だけを教わっては、他のことも含めシーナ自身ですべてを成し遂げた。
そんな過去もあって、シーナはルーカスに、家族という存在を知ってほしかった。自分には願っても手に入らなかったものだ。でも、我が子には知ってほしい、家族を愛してほしい。そう願ってやまなかった。
それでも、人生は何かとうまくいかないものだ。一般的で理想的な家族観を身に付けてほしいと思っていたが、結局自分が家を去ることになってしまった。
——おそらく、ルーカスは自分のことを恨むだろう。幼い自分を見捨てたような親のことを信頼するはずはない……。
そんな想いを内に秘めながら静かに家を出ることは、たとえ実力者のシーナであっても本当に辛かった。




