1 娘の姿
二十九歳になったシーナのハルセロナにある滞在先に、ダランからの手紙が届いた。手紙といっても、もちろん中身は生存確認書だ。
基本的に、手紙には業務報告以外のことを書かないルールとなっている。下手に色々と書き連ね、もし第三者がこれを読んだ場合のリスクを考える必要があるからだ。
しかし、今回は数少ない例外のうちの一つだった。
「ルーカスは、授業で申し分のない実力を誇っています。実技においても勉学においても、学年でトップクラスです」
娘が学校でがんばっている。全く顔を見ていないものの、シーナは大いに安心した。イールスがいるということもあるだろうが、自分で色々と努力しているということだ。
ルーカスが元気にしてくれていれば特段問題はないが、それ以上にがんばっていると聞くだけで誇らしい気分になる。
思えば、幼少期の頃のルーカスの顔しか知らない。九歳になり中等部に入ったルーカスは、一体どんな顔をしているのだろうか。そんなことを考えながら、シーナはベッドに横になった。
手紙が来ると言うことは、数日後に滞在先が変わるということだ。荷詰を始めないといけないのだが、娘の顔が脳裏に浮かんできて、全く身が入らない。
「あー、ルーカス、可愛いかなぁ……。どんな顔をしているんだろう。好きな食べ物はシチューから変わったかなぁ……」
手紙を枕元に置き、ぼんやりと天井を眺めた。
「どの魔法を専攻しているのかなぁ。私と同じコントロール系魔術かなぁ……」
自分の手を持ち上げ、天井に向かって伸ばしてみた。絶対に届かないが、力一杯に伸ばしてみた。
「会いたいなぁ、ルーカス……」
今日は研究所に行く必要がない。いわゆる休みだ。
休日という規定はないが、特に予定がなければ行く必要がないということになっている。普段指導官として忙しいシーナも、今日は予定がないため休日というわけだ。
数分間ベッドに横になっていたが、ゆっくりと上体を起こし、また枕元から手紙を取り上げた。
「早く帰りたいなぁ……。……ルーカス、待っててね」
シーナはようやくベッドから立ち上がると、スーツケースに荷物を詰め始めた。
◇◆◇
「こいつらが、ルーカス・ダランとその仲間たちか」
映像を見たソフィアが声を出した。その隣にはメラニアも座っている。
彼女たち、そしてその後ろに立つシーナは、ある本を眺めていた。読んでいるわけではない。映像を見ているのだ。
無論、本に映像を記録することはできない。これは、本に盛り込まれた合成魔法だ。
「弱そうだな」
「あまり高を括るな。そういうときこそ、足元を掬われる」
メラニアが答えた。その言葉を聞いて、ソフィアは鼻を鳴らした。
「少しずつこちら側に近付いてきている。現代魔法研究所に辿り着くのも、時間の問題かもしれない」
メラニアたちから少し離れたところで声を出したのは、ダン・カクリスだ。数年前にカクリス魔法学校の学長に就任した。魔法の実力は誰もが認めるレベルだ。
エビルの森を出たルーカスたちの姿を見て、ダン・カクリスは口を開いた。
「シーナ・ダース指導官。研究所内に配置されている研究員の数は?」
「前世側には五人いるはずです。あと、副学長が度々前世に行っていますし、広域監視や食糧配達などの研究員が偶然その場に居合わせる可能性はあるかと」
「そうか。状況を見て、適宜近くにいる研究員に移動命令を出してくれ。……もちろん後世側にもいるよな?」
「後世側は常時配置ではありませんが、彼女らがグラン・ドールを通る頃には研究員の移動命令を出します」
「わかった。そうしてくれ」
シーナは一礼して部屋を出た。メラニアやソフィアはまだカクリス魔法学校の学長室に残るらしい。
それから、数日経過したある日のことだ。
ハルセロナにあるシーナの滞在先に、前世のダラン総合魔法学校から例の生存確認書が届いた。その中に、再びルーカスに関する記載があった。
「メイデンさんの娘さんは、グレート・トレンブルが起こった後も、懸命にアールベストのために働いていました。前世に落ちてしまった人たちに、たくさんの希望を与えたと思います。しかし、いつからでしょうか、校内で姿を見ることがなくなったのです」
本当に短いコメントのみだったが、シーナは胸を撫で下ろした。自分の娘が、アールベストで活躍していた。そして、今、勇気を出してまだ小さな身体で前進している。
シーナからの返事では、単に「ありがとう。娘はこの現状を変えるために動いている。心配する必要はない。メイデンより」とだけ記した。
ダランとの手紙のやり取りでは、「シーナ・ダース」という名前は使わず毎回ランダムなものが使われる。これも、第三者が盗み見たときのための予防だ。
カクリス魔法学校でルーカスの姿を映し出していた本は、ルーカスのものではないしシーナのものでもない。ルーカスと共に行動している、ユーのものだ。
詳しい情報を入手できていないが、彼の仲間がカクリスで捕えられた後、彼はその仲間を解放してもらうためにカクリスと交渉を続けていた。しかし、それは順調ではなかったようだ。
そこで彼が持ってきたのが、今回の本だ。もちろんただの本ではなく、先ほどシーナが見たように、映像を映し出す本だ。
映像は、ユーの視点と繋がっている。すなわち、ユーが見ている景色そのものが、こちらの本に映し出されているということだ。そのため、彼が目を瞑ったり彼が死んだりすれば、こちらの映像も真っ暗になる。
ラムと会ったことを確認したためルーカスたちにすでに目を付けていたカクリス魔法学校は、ユーの交渉を断るはずがなかった。自分たちに迫り来る人間が、一体どのような人間なのかを知るためには最高のアイテムだったからだ。
「時々この本を見て、ルーカス・ダランたちがこっちにやってくるのを阻止するための手筈を整えてくれ」
それが、ダン・カクリスや現代魔法研究所の幹部からシーナに課せられた内容だった。
過去に一度、どうしてそこまでしてルーカスたちが来るのを嫌がるのかと聞いたことがある。
回答は単純だった。
「ダランの人間どころか、その学長の娘だ。歴史を繰り返す元凶となり得るだろう? だから、下で死んでもらう必要がある」
カクリスの人間は、やたらと「歴史を繰り返すこと」に恐れを抱いている。
彼らが嫌がるのは、世界皇帝を急に変えられたことで学校に金が入ってこなくなったからだ。もっと崇高な理由だとか言う人間も一定数存在するが、簡潔にすれば金の問題に帰着する。
それを国家転覆のように言い換えて教育しているのが、カクリス魔法学校だ。逆に、何も言わずに教育しているのがダラン総合魔法学校だ。どちらも真実は言わない。嘘を言うか、何も言わないかの違いだけだ。
世界が二つに分かれてしまっているのは、そんな両者がそれぞれの正義を主張しすぎた結果だ。
シーナはハルセロナの滞在先を変えるため、黙々と荷詰をしていた。
◇◆◇
自分の娘が活躍していると知れば、子を愛している親であれば誰だって嬉しいはずだ。シーナだってその一員だった。
しかし、それに留まらないのがソフィアだった。
「エマが世界皇帝護衛軍で活躍している? ……ふざけるな! さっさと戻ってこいと伝えろ!」
数年前のある日、現代魔法研究所の広域監視がソフィアに対し、娘のエマが世界皇帝護衛軍で活躍していると伝えたときのことだ。
エマは生まれた頃からダランに近い思想を持っており、それゆえ、カクリスにどっぷりと浸かっているソフィアとは話が通じなかった。
ソフィアは、自分と考えの異なるエマが嫌いで、世界皇帝護衛軍に逃げていったエマのことを度々探し回っていた。噂によると、本気で殺しにかかっていることも多かったらしく、実の娘であるエマが大怪我を負ったこともあったらしい。
俄かに信じられない話だが、それが今でも、ソフィアが自身の娘の居場所を知らない理由でもある。




