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二つの世界 〜シーナの記憶〜  作者: Meeka
第三章 交差する想い
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8 想起の魔法 ①

 現代魔法研究所の指導官には、研究所内の一室が与えられている。研究所にはカクリス魔法学校の学長室も設けられており、それぞれ三階に位置する。


 新魔法暦二一六年、ロマンス時代十六年で二十八歳になったシーナは指導官を任された。そのため、研究所に来たときは三階の指導官室にいることがほとんどだった。


 指導官室は十分な広さがあったが、少々殺風景だった。本棚と、テーブルとイスのセットは置かれているが、他のものは何もない。学長室に比べたらずっと地味だった。


 部屋としてはそれで十分だったが、シーナはどうしても置きたいものがあった。ルーカスが生まれたときに撮影した写真だ。無邪気な笑顔を見せているルーカスの写真を見ると、シーナはそれだけで心が穏やかになった。


「それ、誰ですか?」


 指導官室に来た研究員に尋ねられたことがある。


 誰に何度聞かれようとも、シーナの回答は毎度同じだ。


「以前隣の家に住んでいた人の娘よ。私には子どもがいないから、この子が我が子のように恋しかったの」


 無論、すべて嘘だ。だが「我が子です」と言えるはずがないため、このように答えている。


 このような家庭事情については、誰も深く口出ししてこない。エニンスル半島ではそれが常識であり、シーナは随分と助けられていたのかもしれない。




 指導官室に来て早速探したものがある。「想起の魔法」について書かれた本だ。リリアが記憶の中で最後にシーナに託した願いが、「想起の魔法」を発動して自分の過去の記憶を呼び覚ますことだ。


 たくさんの本が置かれた本棚を上から探してみたが、どこにも「想起の魔法」と書かれた本は見当たらない。どれも一般的な魔法について説明された本ばかりだ。


 そうして数日間、全く本が見当たらない日々が続いた。


 シーナは時間がある限り、置かれている本を読んでいた。勉強したいという気持ちがあったわけではなく、指導官室にいる間は単純に暇だったからだ。他にすることがなかったため、ただひたすら本を読み進めていた。


 ある日、最下段の本を取った際、ある違和を感じた。


「この本、なんでこんなに出っ張っているんだろう」


 その本の両サイドを見てみると、そこら数冊だけ、他の本に比べて親指一本分ほどだけ出っ張っている。ぼんやりと本の背表紙だけ眺めていると気が付かなかった部分だ。


「この奥に、何か……」


 その辺りの本を抜き出し、身を屈めて棚の奥を確認した。すると、奥に「想起の魔法について」と題された本があるのを発見した。


「隠されていた……」


 シーナはこの本を取り出し、中身を確認した。


「想起の魔法を発動するには、大量の血液が必要になる……。床に特定の魔法陣を描き、マージの血液で魔法陣の外周を囲う。準備ができたら魔法陣の中央に座り、魔法陣の中心部分に魔力を送り込む……」


 シーナは一連の流れを確認し、早速本を携えて指導官室から出た。


    ◇◆◇


 シーナがやってきた場所は、アイアン島の北東部。北西側の観光地から離れ、人がいること自体稀な場所だ。草木があちこちに生い茂り、住むにも遊ぶにも適しない場所だ。要するに、人里離れた場所である。


 研究員すら来ることがないこの地なら、誰にも気付かれずに「想起の魔法」を発動することができるだろう。


 シーナは海岸まで歩いて行き、へし折った木の枝で魔法陣を描き始めた。本を片手に魔法陣を描いている姿をもし誰かが見れば、自殺志願者か何らかの凶悪犯に見えただろう。


 本に書かれたとおりに魔法陣を書き終えると、次はリリアの遺体から採取した血液をローブの内ポケットから取り出した。


「リリア……、ありがとう。使うね」


 シーナは容器の蓋を開け、魔法陣の周りを一周するように少しずつ血液を垂らしていった。しかし、あと四分の一周ほどで血が足りなくなったため、ナイフで自身の腕に切り傷をつけ、残りの分を垂らしていった。


 ようやく一周したところで、シーナは容器をローブの内ポケットに戻し、魔法陣の中央部にやってきた。


「……さて、やるか……」


 本に書かれていたとおり、魔法陣の中心に両手を着け、魔力を注ぎ込んだ。


 次第に魔力を強めていったところ、あるタイミングを境に、突然魔法陣が紫色に染まり始めた。


 彼女は続けて魔力を込め続け、手の平から多くの血が流れていくのを実感すると、いよいよ魔法陣から立ち上った紫色の光の壁がシーナの全身を包み込んだ。


 直後、あらゆる記憶が走馬灯のように脳裏に浮かび上がり、処理しきれない情報量が頭の中をかき乱した。


 激しいストレスと頭痛を感じ、シーナはその場に倒れ込んだ。


 過呼吸になりつつあるが、海から吹き付ける冷たい風が頬を撫で、頭の中が少しずつ整理されていく。


「……おい、目を覚ませ」


 誰かがそう言っている。しかし、シーナに向けられた言葉ではないのだろう。声の方向がこちらではない。


 視界がはっきりしてきて見えたのは、デルモンテと呼ばれている男とベッドに横たわったまま動かないルーカスと呼ばれている女、そして彼女らを取り囲んでいる村人たちだ。シーナの視界が高いところにあることを考えると、誰かに抱き抱えられているようだ。


 周りの人々が話している言葉を聞いて、状況は容易に理解できた。シーナの実の母親であるルーカスが、出産と共に命を落としたというわけだ。そして、それを見た周りの大人たちはルーカスに目を開けてくれと懇願しているわけだ。


 しかし、時間が経過するにつれ、


「デルモンテさん、では、……」


 そんなことを言い残しながら、陽が落ちるのに合わせて人々は家から出ていった。シーナは部屋の端のベビーベッドに寝かされた。


 ルーカスはその後も目を開けることはなかった。デルモンテは窓の外をぼんやりと眺めて脱力していた。口を開けたまま、ただ真っ直ぐと夜空を眺めていた。生まれたばかりのシーナがいることなど、知らないといった様子だ。


 シーナはいつしか眠りについた。まだ何も理解できないシーナは、気持ちよさそうに寝息を立てていた。




 デルモンテはその後、形としてはシーナの世話をしつつも、可愛がることも抱き締めることもなかった。ただ食事を与えては、体温が下がらないように毛布をかけるだけだった。ただベビーベッドで寝ているだけの日々が続いた。


 時々村人が家にやってくることがあった。デルモンテは、友人とダイニングで酒を何瓶も開けては、シーナが悪魔の子だと罵るばかりだった。それでも、自分はよくやっているのだと。


「わかるか? あの子はな、悪魔の子なんだ。でもな、俺は大変に慈悲深い。悪魔の子であっても、きっちり餌をやっているんだ。どうだ? 偉いだろう」


 そんなことを豪語しては、また酒を飲み、馬鹿馬鹿しく騒いでいた。まさか、こんな自分の姿を二十八歳のシーナが見ることになるだろうとは考えもしなかっただろう。


 しかし、自分を良く言うことは容易くても、それを継続することは難しかったようだ。次第にデルモンテがシーナにやる食事は減り、時には叩くこともあった。ベビーベッドから出て床を這っていると、デルモンテに邪魔だと蹴られる場面もあった。


 生まれたばかりの自分がこんな生活を送っていたなど、シーナは全く考えたこともなかった。


 そんなある日、星が美しく煌めいている真夜中のことだった。デルモンテはシーナを抱き抱えると、足早に家を出た。


 数分間忙しく歩いていたが、やがて遠くから崖に打ちつける波の音が聞こえてきた。


「……はあ、はあ……。ようやく、……こんな悪魔とはおさらばだ」


 人目を気にしながら歩いてきたデルモンテは、息を荒げながらも海辺まで急いだ。次第に波の音が近付き、シーナはわずかに恐怖を感じていた。


 こんな時間帯にこんな場所にやってくる人間がすることなど限られている。記憶の先を見なくても、この先の展開は容易に予想できる——


 が、シーナは今も生きている。つまり、デルモンテの企みはうまくいかなかったというわけだ。


 シーナは記憶から目を背けることもできず、この先に何があったのかをその目で確かめようとしていた。




 デルモンテはシーナを高く掲げた。記憶の中の視界であっても、思わず息を呑むほどに恐怖を感じる瞬間だった。視界では見えないが、背中の下には海、いや、崖がある。このまま落ちれば即死だろう。


 無慈悲にも、デルモンテの手はすぐに緩んだ。高く掲げられた時間はわずかに、シーナは海へと落下した。


 顔が下を向き、崖がいよいよ目の前まで迫ったところで、突然シーナの落下が止まった。目と鼻の先に岩肌がある。


 ゆっくりと崖は遠ざかり、やがて頭上から男の声がした。


「やれやれ、自分の子どもを海に捨てるとは、とんだ父親だな」


 この声は、モア・ブルーノだ。彼は空間系魔術でシーナと岩肌の間に空間を作り、彼女がそれ以上落下するのを防いだのだ。おかげで、シーナはこのタイミングで命を落とさずに済んだ。


 モアはシーナを抱き抱えると、目の前にある洞窟に入っていった。


「それにしては、こんな重要な赤ん坊を殺そうとするなんて、愚かなオームだな」


 デルモンテはオームだったらしい。


 真っ暗な洞窟の中を、フィーレの炎で照らしながら先を進むうちに、どうして自分の存在を知ったのかと不思議に感じた。今までの場面で、一度もモアは登場しなかったはずだ。


 そんなシーナの疑問に、記憶の中のモアが答えた。記憶の中にいる彼には聞こえるはずもないが、まるで呼応するように彼は口を開いた。


「急に、強大な魔力を感じたんだ。ここから随分と離れたダランにいても感じ取れた。これは何かやばい奴が生まれたなと思って、この辺りをしばらく調査していた。それから君のことを知った」


 その後、シーナの動きを確認していたところ、デルモンテが不審な行動を取り始めたから、追跡して、今回彼女のことを助けたということらしい。


 これだけ聞くと、随分と優しい人間のようにも感られるが、その優しさの背景にエザールが絡んでいると考えると、どうも手放しには喜べない。


 モアに抱かれた状態で、二人は洞窟から外に出てきた。モアの背中の向こうに見える、やけに真っ暗な村がコート・ヴィラージュだ。その景色が、この後出てくる記憶と照合された。


 そう、校外実習のときの記憶だ。あのときシーナが自分で何を言ったか、今となってははっきりと思い出せる。当時の友達、ルア・フェリスが「私、コート・ヴィラージュに行くの初めてなんだ」と言ったことに対し、シーナは「私もだよ」と答えた。


 当時、シーナは一度記憶を消されていたためにこのような嘘をつかざるを得なかったということだったが、本当は、行ったことがあったどころか出身地だったのだ。


 その後、ルアはカクリスからやってきた生徒によって殺されることとなる。今となっては、どうして当時ルアたちの意見を聞かずに一人で走っていってしまったのかよくわかる。……出身地だったからだ。記憶として覚えていなくても、身体が自然に反応してしまったのだろう。

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