7 リリアの記憶(二) ①
リリアとアイリスの遺体が安置されているダラン総合魔法学校の地下室は、基本的には戦闘などで亡くなった教員や生徒の遺体を一時的に安置するための部屋だ。基本的にはそのようなことはないため室内は空っぽだが、ここ数日間は違う。
シーナは生徒に会わないよう、早朝に学校を訪れ、この地下室にやってきていた。地下室は廊下よりも涼しく、思わず身震いするほどだった。
部屋に入れば、コッフィンの木製の柩が二個、並べて置かれていた。柩の側面には名前が彫られているため、すぐにどちらに誰が入っているのかわかる。
先にアイリスの柩に手をかけ、ゆっくりと開いた。たくさんの花に包まれ、気持ちよさそうに眠っているアイリスの顔を見ると、思わず涙が目から流れてきた。
「アイリス、……ごめんなさい……」
絶対に泣かないと決めてきたのに、そんな気持ちなど全く知らないと言いたげなように、涙が次から次へと溢れてくる。どんなに強く唇を噛んでも、涙が止まることはなかった。
「シーナ、何を泣いているの。……あなたを許せない」
ふと、そう聞こえた気がした。口を開くこともないアイリスが、話すなどあり得ない。しかし、なぜか彼女の聞こえてきた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「謝られたって、許せるはずがないでしょ?」
「ごめんなさい。……本当に、ごめんなさい……」
シーナは何度も謝った。涙で視界が歪み、アイリスの顔が見えなくなっていた。口を開くたびに涙の味がした。
「シーナが何もしなければ、あのとき私が死ぬことはなかった」
「ごめんなさい……」
「あなたが私を殺したのも同然」
「……ごめんなさい……。本当に……、……ごめんなさい……」
「どうしてあなたは生きているの? 私はあなたを助けたのに、あなたは私を助けてくれなかった」
「本当に、ごめんなさい、アイリス……」
身体が震えてきた。呼吸も荒くなってきて、意識が遠のいていくのを感じた。間違いなく過呼吸の症状だ。
しかし、その場から身体が動こうとしない。
「あなたは、仲間を殺したの。それも、本当ならば死なずに済んだはずの仲間を。……わかる? 私の気持ちが」
「わかります、ごめんなさい……。それ以上、……言わないで……」
「私を殺したのに、またそんな自分勝手なこと言ってるのね」
「ごめんなさい、……本当に、ごめんなさい……」
直後、急に身体が後ろに引っ張られた。そこにはレイチェル・カールトンが立っていた。
「シーナ、こんなところでどうしたの? ……大丈夫?」
涙を次から次へと流すシーナを見て、レイチェルは次に何も発さずそっと抱き締めた。
「レイ……チェル……。どうして、ここに……?」
「今、学長からここの管理を任されているの。今日の昼過ぎに火葬場に運ぶから、先に柩の清掃だけしておこうと思って」
説明しながらも、レイチェルはシーナを抱いて頭を撫でていた。シーナの涙が、レイチェルのブラウスを濡らしていた。
「確か、アイリスとは同級生よね。彼女が亡くなって、本当に辛かったでしょう……」
レイチェルは、シーナとアイリスが共に校外調査員をやっていたことを知らない。そのため、シーナが今涙を流しているのは、アイリスが死んでしまったことに対する悲しみだと思っているのだろう。
「違うの……、違う……」
「違う? 何が……?」
「私は、私は……。……アイリスを、……殺した」
「…………」
レイチェルは黙った。今、咄嗟に彼女の頭の中ではどういうことかと整理しているところだろう。
「アイリスは、……私のせいで死んだ」
「シーナ、どういうこと?」
「私が、アイリスを殺したの……」
しばらく止まっていた涙が、堰を壊されたかのように、また溢れ出てきた。ここまで自分の頭がおかしくなるとは、シーナ自身思っていなかった。
「待って、シーナ。私は、リリア・ボード総合指揮官が、アイリスを殺害したと聞いているわ」
レイチェルは頭を撫でる手を止め、シーナに目を合わせた。
「それは、……」
シーナは、現代魔法研究所の前で起こったことを、簡単にレイチェルに説明した。
「……それなら、シーナは、何も悪くないわ」
「でも、アイリスは死なずに済んだ」
「いいえ、そんなことはない」
俯いていたシーナは、レイチェルの顔を見た。しっかりと目が合った。
「そうなる運命だったのよ。あなたが総合指揮官を庇うことも、アイリスが殺されてしまうことも、そうなる運命だったの。あなたがどうにかできることじゃなかった」
シーナは頷くこともせず、ただ黙って聞いていた。
「シーナ、あなたがしたことは間違いではない。その場でできることをした。ただそれだけよ。……だから、自分を責めないで」
レイチェルはそこまで告げると、またシーナのことを抱き締めた。彼女の体温を感じて、シーナは次第に落ち着いてきた。
「……ありがとう。……ありがとう……」
「いいえ。……落ち着いた?」
「うん……」
「よかった。……ここにいたら邪魔?」
「邪魔ではないけど……」
「わかった。でも、扉の外で待っておくわ。何かあったら呼んでくれたらいいから」
レイチェルはゆっくりとシーナから離れると、しばらく目を見つめ合い、頭を数回撫でてその場を離れた。彼女が部屋から出ていくと、シーナはまた一人、アイリスの柩と向かい合った。
「アイリス、……ごめんなさい」
それだけ告げると、柩の蓋を閉めた。アイリスから返事が返ってくることはなかった。
◇◆◇
死ぬ間際に思い出した、私の昔のことを話しましょうか。シーナ、あなたは、私の子どもの頃のことなんて知らないでしょうから。
私は、新魔法暦一六五年、後セリウス時代六十七年に、リラ地方のロベリアで生まれた。一緒に行ったのを覚えている? 魔法運用協議会の前に、カクリスに訪れたときの帰りのことよ。
両親がリラの地方役場で働いていて、比較的裕福な家庭で生まれた私は、衣食住において何も困ることなく育てられる……はずだった。
両親は、私のことを本当に愛して育ててくれた。私が喜んでいるときは一緒に笑い合い、悲しんでいるときは涙を流し合い、寂しがっているときは力一杯抱き締めてくれた。そんな両親のことを、私はたくさん愛していた。
しかし、時は流れ、私に悲劇が襲いかかる。両親が死んだのよ。……いえ、殺された。名前も知らなかった同年代の少年に。
当時の私は十三歳だった。カクリスの高等部に入り、一人の人間として十分に成長していた。
一方で、初等部、中等部でしっかり勉強し、実戦訓練でも優秀な成績を残していた私でも、両親が死んだ真実に近付くにはまだ未熟だった。
私は心を失ったように寮生活を送り、授業では手加減というものを忘れたように演習に取り組んでいたため、実戦訓練では常に一番だった。その様子を見て、教員たちは、私のことを天才だとか有望だとか言っていた。
卒業後はカクリスの教員になった。言ったとおり、演習ではいつも一番だったから、あなたと同じように校外調査員に任命されたわ。
それから、私は過去の資料を見ることが多くなった。図書館ではなく、教員のみが立ち入ることのできる資料室に入り、あらゆる書物を読む日々が続いた。
そこで私は真実を目の当たりにした。……両親を殺したのは、学校側だったということを。
理由は至って単純かつ不条理だった。私の両親は、夫婦揃ってオームだった。しかし、リラの地方役場で働き、役場側から「辞めてくれないか」と打診されても断り続けていた。言うことを聞かない両親に対し、学校は「そんな奴らは、さっさと殺してしまえ」という決断を下したのだった。
無論、私は学校への信頼を失った。別に最初から信頼していたわけでもないけど、学校は生徒の味方だと思っていた。しかし、その感情が突然消え去った。
それからというもの、休むことは多くなったし、任務の成果も急激に悪くなった。視察に行っても報告書を出さないこともあった。
そんな私の変化に、当時の総合指揮官はすぐに気が付いた。そして、私に問いかけた。
「もしかして、何か知ってしまった? ……あなたの両親のこととか」
その問いに対し、「いいえ」と答えたことは覚えている。でも、どことなく中途半端な、何かを含ませたような言い方だったんでしょう。総合指揮官は、私が何かを隠しているとすぐに悟った。
次に彼女はこう言った。
「なら、あなたに、新しい人生を見せてあげましょう。……綺麗で美しくて希望に満ち溢れた、新しい人生を」
何のことかさっぱりわからなかった。
直後、両手両足を無理矢理拘束され魔法を使えなくさせられた私は、カクリス魔法学校の地下にある地下牢へと連れて行かれた。
私はそこで生活を送らされたわけではなかった。人目に触れないその場で行われたことは、「忘却の魔法」を私にかけることだった。しかも、あなたがかけられたときなどとは比べ物にならないぐらい強力な力によって。
当然、このときまでの私はすべて失われた。そして、レオ・セガールたちに「忘却の魔法」をかけられたときよりも心の奥深くに沈められた記憶は、死ぬ間際になるまで顔を出すことはなかった。




