5 潜入捜査 ③
シーナはその後も指導官として、研究員の訓練などで指導に当たっていたが、かなり厳しいという評判が出回っていた。副所長のネモ・ニードルにも何度か呼び出されたことがある。
しかし、彼女のやり方が厳しいとはいえ、研究所をあるべき姿に導いているという名目を打ち出せば、誰も口出しできなくなる。そのような不毛なやりとりを続けていくうちに、いつの間にか、研究員は次第に少なくなっていた。残っているのは、実力のある研究員か、それでも踏ん張っている研究員のどちらかだった。
ナッツ・マーシーも研究員として残っていた。そのため、ある日、シーナは指導官室にナッツを呼び出した。
「どうしてここにいるの?」
「いや、それは、こっちのセリフだよ……ですよ」
「敬語はいいから。それで、どうして?」
「指導官に敬語で話さないって、絶対怪しまれますから。……地方役場を退職することになって」
「退職? どうして?」
「ここを出入りしているところを、地方役場の他の職員に見られてしまって」
「まさか、……あのとき以降も来ていたの?」
シーナは目を丸くしていた。
「そ、そうです。……当然、得体の知れない施設に出入りしている人間が地方役場に在籍し続けることもできず、退職となりました」
「それで、ここに転がり込んできたと?」
「そうです。……出入りしている間に、数名の研究員と仲良くなったんで、入ることは容易でした」
「はあ。……要するに、あなたはバカなのね」
「え? 今、バカって言いました?」
よく聞こえなかったようだ。シーナは首を横に振って誤魔化した。
「とにかく、他の研究員たちが続々辞めている今のうちに、早くあなたも出ていきなさい」
「……それができなくて……」
「どうして?」
「グレート・トレンブルですよ」
グレート・トレンブルでは、世界の一部をこの星の内部に沈めることが想定されている。「一部」は指定することが可能となる予定で、ちょうど今進行している研究が、どうやって指定するかという点に関するものだ。
「グレート・トレンブルが完成した後の仕事が確約されているんです」
「どんな?」
「落ちた世界に食糧を送るという仕事です」
ナッツが言っているのは、星の内部に落ちた世界で活動する研究員たちに食糧を配る仕事を、自分に確約されているということだ。分かれた世界は放置するのではなく、一部の研究員たちが往来することが予定されている。趣旨としては、内側の世界での生活状況を把握するためと、世界を戻そうとする動きがないかどうかの確認だ。
「だからって、別にここに残る必要はないでしょ。ここを辞めて、どこかの町で働けばいいじゃない」
「嫌ですよ。もしここを出たら、絶対に自分も落とされますから。ここに残れば、どちらの世界にいたとしても、身の安全は保証されるはず」
要するに、彼は自分が助かりたいのだ。研究員であれば、落ちた生活で瀕死の生活をすることはないだろうという予測を立てているわけだ。
言いたいことはわかる。が、残ることを簡単に薦めることもできない。
「わかった。でも、ここに残るということは、別の危険があるかもしれない。もしダランの人間だってわかったら、何をされるかわからないわ」
「それは、……こっちのセリフでもありますけど……」
シーナは顔を顰めさせ、ナッツを部屋から出した。
◇◆◇
シーナが三十一歳になった頃、グレート・トレンブルの研究は着々と進行していたが、まだ世界を分断する際の選別の方法は決まっていなかった。そもそも、何を外側の世界に残すのか、何を内部の世界に落とすのかを指定するなど、机上の作業でさえ大変だ。それを魔法でするとなれば、研究が難航することなど容易に想像できる。
それでも、かなり研究は進んでおり、もしかすると来年にも指定方法が確立するのではないかと、小さな噂は出ていた。実際、まだ形にはなっていないものの、指導官のシーナに研究状況を報告に来る研究員もいた。
そんな頃、突然にグレート・トレンブルは発生した。シーナ自身、全く予期していないタイミングだった。
その直前までは、研究により大量の人間が死んでいた。多くはカクリス魔法学校の地下牢にいる人間だ。残りは、現代魔法研究所に接触しようとした人間たちだった。
カクリス魔法学校の地下牢にいる人間は、カクリスやリラ地方に対して違法なことをした人間だけではない。外部には知られていないものの、治安維持局に逮捕された人間も収容されている。そういう人物、言ってみれば、何らか悪いことをした人間を、研究に使っていた。
なぜ研究に人間が必要だったか。一部の研究員は、人間を自分の言いなりにする研究などをしていた。他の研究員で、大量の血液が必要な研究をしている者もいた。グレート・トレンブルでは、その魔法の強力さゆえに、数人分、いや、数十人分以上の血液が必要であることもわかっていた。
そういうわけで、人間や血液が必要だったことから、大量の人間が研究の実験体となり、命を落としていったわけだ。
無論、シーナはそれを止めたいと思っていたが、そうはできなかった。元々、現代魔法研究所とはそのような場所だ。急に指導官が「これからはそのような研究をやめること」と言えば、疑いの目が集中することは容易に予想できた。
しかし、それでもせめて何かをしたいと考えたシーナは、数年前、研究所のタワー館を完成させた。元々、アイアン島の中心地にある唯一の墓地に死体を運んでいたが、どうも治安が悪いのか、墓地が十分に管理されていなかったために随分と薄暗い様子だった。そんなところでは悪いと感じ、タワー館を設立し、きっちりと処理した死体を運び込むよう指示した。
なお、タワー館とはいっても、十八歳の頃に現代魔法研究所に捜索に来た時に見た円筒型の建物を改築したものだった。
タワー館では、いくつかのフロア部分に死体を並べ、定期的に地下に設置した浄化装置の合成魔法を発動させる。そうすると、地下部分から浮上してきた浄化因子が死体を少しずつ抹消させ、まるで最初から何もなかったかのように死体が処理されるというものとなっている。死体の破片が全く残らない、完璧な浄化装置となる算段だった。
シーナの中では決して悪い存在ではないタワー館だったが、ルーカスたちが前世で訪れた際にはすでに死体の処分は乱雑に行われており、もはや当初の「浄化」などという倫理観は全く残されていなかったことは、シーナ自身知ることはなかった。研究員たちの倫理観がシーナのそれよりもずっと低いことが露呈した限りだった。




