5 潜入捜査 ②
シーナはその後、ネモ・ニードルから下される仕事を淡々とこなしていた。仕事の出来は良く、誰かを殺害する任務でさえ完璧にこなした。現場に証拠は一切残さず、誰もが認める優秀な研究員だった。
そんな調子で暮らしていたところ、ある日、滞在先にダランからの手紙が届いた。イールスのサインが書かれている。
いろいろと書かれていたが、手紙を送ってきた主たる目的はシーナの身の安全を確認するためのものだった。定期的に学校とやりとりするとはいえ、一ヶ月に一回程度のものだ。とうとう心配になってきたイールスが、シーナの身を案じて個人的に送ってきたというわけだ。
本文の途中に、「数名の教員から、総合指揮官になったらどうかと推薦されていたそうじゃないか。相談してくれれば、学校に残ることができたかもしれなかった」と書かれている。
実は、二十二歳のときにイールスから今回の派遣のことを聞いた前後で、生徒時代の彼女のことを知る他の教員たちから、「シーナを総合指揮官に推薦する」という声があったのだ。その段階ではすでにベル・シュタインバーズが総合指揮官に就任していたわけだが、シーナの方が適任だとする声も一部あった。
当時のシーナは適当に返事していたのだが、イールスから派遣のことを聞いた直後からは、自分が総合指揮官になるのは不可能だと悟った。名前や顔が世間に知られてしまっては、派遣に行くことができない。そして、派遣に行けないということは、自分の過去の記憶を取り戻すことも難しくなるかもしれない。
そんなこんなで、シーナを推薦する声は一部であったものの、彼女自身は総合指揮官への道を諦めていた。……もとより、特に総合指揮官になることを望んでいたわけではなかった。
シーナは、イールスからの手紙に対し、自分はうまくやっているという旨を簡単に返事した。
難しくいろいろと書き連ねる気はない。必要以上のことを記す気もない。下手に感情を移入させれば、仕事を失敗する可能性が出てくる。そうすれば、今日までの努力がすべて水の泡になってしまう。
ある日のことだった。シーナが研究所に入ってから、一年ほど経っただろうか。研究所内の廊下を歩いていたところ、前方に見覚えのある後ろ姿を見た。
「あ、……ナッツ?」
シーナは遠くにいた彼を呼び止めようとしたが、彼女の声が聞こえなかったのか否か、ナッツはすぐに事務室に入って行った。
すぐに彼を追おうとしたが、足が先に止まった。もし彼と立ち話しているところを他の研究員に聞かれたら、自分の素性を怪しまれる可能性がある。シーナは、建前上はハルセロナの魔法学校出身という名目だ。一方で、もしナッツがダラン出身であることを明らかにしていれば、やけに仲良くしているシーナが、本当にハルセロナ出身なのか、という疑問を抱かれかねない。彼も出身を明らかにしていなければそれほど問題ではないが、わからない以上、不用意な行動は慎むべきだ。
一方で、もし前方にいた彼がナッツで確かだったとした場合、そもそもどうしてナッツがここにいるのか、という問題が浮上する。彼の目的は、ステラを探すことだったはずだ。以前に「もうステラはいない」と伝えたのに、まだ探し回っているとでもいうのだろうか。そうであれば、かなりの執着心……いや、友達想いだ。
いずれにせよ、ナッツがここにいるということは、少なくとも敵でない人間がそばにいるということだ。ある意味心強いと考えてもいいだろう。
◇◆◇
シーナが現代魔法研究所に入ってから、三年が過ぎた。この間もシーナは種々ある任務をやり遂げ、研究所内のあらゆる人物の信頼を得ていた。
所長や副所長からの信頼も例外ではなかった。そこで、ある日、とうとうスプレッド・シュレイディンガー副所長から呼び出された。
「シーナ・ダース。君を指導官に任命したいと考えているのだが、よろしいか?」
「ありがとうございます。しかし、まだこんなに若い私が指導官に?」
シーナはあえて謙遜する姿勢を見せた。
「君の実力の高さは、我々も認識している。それを踏まえてのことだ。年齢は関係ない」
「なら、お引き受けするしかありませんね」
シーナが渋々を演出しながら答えると、ウイングカラーシャツの似合っていないスプレッドが立ち上がった。
「ちなみにだが……」
「はい?」
「……君のことを怪しいと思っている人物がいる」
「私のことを?」
「ああ、そうだ。私は君のことを信頼しているが、……行動には何かと気を付けた方がいい」
スプレッドがそのように言った理由はわからないが、彼の言ったことが事実であれば、かなり身の危険が迫っていると考えても良いだろう。シーナがダランの人間だと確定すれば、危険を示唆しているスプレッドでさえ殺しにくるだろうから。
数日後、所長から、正式に指導官となる委嘱を受けた。これにより、シーナの肩書は現代魔法研究所の指導官となったわけだ。研究所内でも幹部に値する役職だ。
指導官になれば、研究員の動きを逐一入手することができる。また、研究員の指導も行うことができるため、内部的に動きを統制することができる。そうすることで、研究所を内部から崩壊させていく一助となるはずだ。
シーナは、早速、それぞれの研究員に対し、現段階より少しでも魔法の力を強化することというタスクを与えた。また、できなければ、ペナルティとして研究内容の制限を設けることにした。
現代魔法研究所では、世界を分裂させるためのグレート・トレンブルと呼ばれる魔法を主として研究しており、他にも各研究員が自由に現代魔法を研究・開発することができることとなっている。グレート・トレンブルそのものに興味がなかったとしても、自分の実現したい魔法があれば、研究所はうってつけの場所ということだ。
しかし、今回のシーナのやり方により、もし魔法の実力の向上が認められなければ、独自の研究も途絶えてしまうというわけだ。今までにない、非常に厳しいやり方だ。




