一番大事な物は何ですか? 一万
夕陽が沈もうとしている。勝は事務所に戻り、資料を読み直していた。不明にはある家の調査を頼んだ。未明はここで準備をさせている。
勝の推理が正しければその家にはまだある筈だ。警察がもう調べていたが、日揮は何もなかったと答えた。だが日が経っても来る可能性がある。
「ただいまー! やっぱり来てたよ! 証拠も持って来たー!」
不明が帰って来た瞬間に叫んだ。これで確定したが、肝心の日揮が手に入れられたか。まあそれは警察に任せていいだろう。
「……準備完了」
「今回は結構金を使ったな。また警察から依頼料ぼったぐるか」
「……それで、何時やる?」
「今夜だ」
今日も夜九時を過ぎてしまった。あの家に帰る時間が遅くなったが、今はそれがいいかもしれない。できるだけ親密な者と接触は止めるべきだ。あの女がいなければ、俺も苦しまずに楽な生活が待っていたのに。まだ最初の事件でのアリバイがあるからいいが、二つ目の事件はない。あれがバレてしまったらおしまいだ。いや、あれがバレることは絶対にない。その為に……わざわざ。
「具沢差院長、至急の連絡で手術室の方へ」
「ああ……わかった」
手術室に呼ばれたが、今日は手術の日ではない。変だ。呼んだこの男もマスクをして顔はよく見えなかった。だが見覚えがある。この病院の者だったかは忘れたが確かに見覚えがある。手術室に着いたが誰もいない。
「何だ? 何もないじゃないか?」
「ありますよ。あんたにな」
背後から黒い布を頭に被せられた。思い出した。この男は、昼間に来た警察の男だ。
黒い布を外し、顔を出させた。手術室台に乗せ、手足は動かないように縛った。
「これより推理を開始する」
勝と不明と未明はオペを始めるように、横に並んで手を前に出した。
「な、何だこりゃ!? おい刑事さん? これは何の真似だ?!」
「ああすまん。まず最初に俺は警察ではない。探偵だ」
「た、探偵? 一体どういう事だ?」
「最近探偵と言うと不信に思う輩がいるんだよ。あんたみたいな殺人犯は特にな」
「さ、殺人犯だと!? 何を根拠に? それにあんた、こんな事してタダで済むと思ってるのか? 監禁なんて犯罪だぞ!」
「逃げないでほしいだけだ。真実はお前にとって、地獄になる筈だ」
「た、助けてくれ! 誰かー!!」
「……騒ぐな……良い子は寝ている時間だ」
首に手術に使うメスを未明は突きつける。勝は未明の手首を掴んで、メスを首から離させた。
「別に呼んでも構わんぞ。だがお前の正体は大きくバレてしまうがな」
勝は手を不明の方に差し出すと、不明は一枚の書類を勝に渡した。
「具流目元院長は借金をしていた。とても払えない金額だが、死んでしまっては払えない。だから具流目の家に来た親族か友人にでも払わせようと、家を見張っていたんだ。不明が取り立て屋に会って来た」
「……だから私には関係ない!」
「関係あるさ。なあ、元院長の具流目大輝くん」
その名で呼ばれた具沢差の顔に汗が流れる。驚きを隠せず、言葉が出なくなっていた。
「……な、何を言ってる?! 私が具流目君だと? 私は具沢差紳助だ。それに死んだのが具流目君じゃないなら、誰だと言うんだ!?」
「演技が下手だな。お前が殺したのは、本物の具沢差紳助だ!」
具流目の顔に大量の汗が流れる。勝は持っていた書類を投げ捨てると、紙が舞い散る様にヒラヒラと落ちていく。
「あの死体を具流目大輝と決めつけたのは、ここの病院が提供した血液だ。だがそれは、お前がすり替えた具沢差紳助の血だ。血なんて名前書かなきゃ誰が誰のか分かんねえからな」
「だが……私は福岡に行ってたんだ! 嘘じゃない!」
「具沢差は福岡に行っていた。正真正銘の本物がな。お前は具沢差がいない間に顔を具沢差に変えた。そして本物が帰って来た時、具沢差が一人になる瞬間に殺害。顔を剥いでバラバラにした。その後お前は具沢差として、何事もなかったかのように生活を始めた」
「警察はいなくなった時に死んだと思っていたが、そうじゃない。お前は顔を整形したんだ」
「な、な、何を証拠にそんな事を!」
「じゃあ聞いていい? 何で子供の名前をすぐに言わなかったり、奥さんの出身も分からないの?」
「わ、忘れたからだと言ったじゃないか?!」
「ウッソだー。だって奥さんとは同じ町で育ったんだよ?」
「な?! そうだったのか?」
墓穴を掘った具流目に、不明は呆れて溜め息を吐いた。人になりすますなら、相手の身近な人の情報くらい覚えてるのが普通なのに、全く覚える気がない。その程度の人なんだ。
「警察には息子の遊葉の血と、殺された遺体でDNAの親子鑑定をしている。ここの病院には遊葉の血があると聞いたが、お前が処分したなら本人から貰う。これが一致したらどういう意味かわかるだろう?」
本当は髪の毛一本でも良かったんだが、すでに葬儀に出された遺体だ。血は警察が調べていたから、まだ残ってる筈だ。
「……クソ。何で分かったんだよ!? 俺が具沢差らしく、立派な医者になってたのに!」
とうとう本性を現した具流目。歯を食いしばりながら、犬が噛みつく様な唸り声を出す様子を見て勝はニヤリと笑って答えた。
「立派な医者? まだ自分がやった事がわからないのか? 昼間にやってた献血。お前は患者である年寄りや、薬を飲んでいる病人まで血を抜いた。献血は健康な人の血じゃないとダメな事、医者なら当然知ってる筈だ」
「……ちくしょう!」
「第一、人を助けるのを商売なんて言う奴を、俺は医者とは思わねえよ!」
蔑む様な目で勝は具流目を睨みつける。具流目は力を入れて拘束を解こうとしている。
「……せっかく借金から逃げ切って、金儲けの生活が送れると思ったのに……あの女だってそうさ! 俺の正体に気付かなければ、死なずに済んだのに!」
「倉井美久だな。お前の計算外はそいつが具沢差に会いに来た事。入院中親しくなったそうだが、どこまでの関係かは謎のままだ」
二人ともこの世にいない人間。答えの出ない問題だから、勝は考えない事にした。具流目はまるで駄々をこねる様に、手足をばたつかせる。
「何で……何で俺がこんな目にあうんだ! 親父が死ななきゃ遊び放題だったのに死にやがって! そうだ! 俺は悪くない! 悪いのは親父だ! 俺は金持ちなんだよ! 金持ちは金を持ってて当然だろ!?」
「本当にお前は……医者としてじゃなく、人としての恥晒しだ。お前が行く道は地獄行きだ」
勝は不明と未明に合図を送る。二人は医療道具を並び始めた。勝は両手に手袋をはめる。
「メス」
未明はメスを勝の右手に渡す。医者の真似事をする勝達が気になり、具流目は動きを止めた。嫌な予感しかしないが一応聞いてみた。
「な、何する気だ?」
「これなーんだ?」
不明は置いてたバックから、大量の小銭を出していく。五百円から一円まで全て揃っている。具流目はどんどんと冷や汗が止まらなくなってきた。
「君が大好きなお金を食べさせてあげる。でも口から入れると大変だし、腹に穴を開けていっぱい詰め込んであげる。大好きなお金を…ね」
残念ながら具流目の予感は当たった。勝の持つメスは具流目の腹にゆっくりと近付いていく。
「い、嫌だ! やめてくれええ!」
「………うるさい」
未明は具流目の腕に注射を刺した。
「おい待て未明。まだこいつから聞く事が…」
「………あ」
数秒後、具流目は気を失うように眠りについた。勝は脅して聞く事があったのだが、これじゃあ無理だ。
あと一時間で日にちは変わる。警察はそれでも車を走らせる。着いた場所は具流目病院。呼んだのはもちろん、入り口前で座っているあの男だ。
「貴様! また勝手に犯人を…」
日揮は車から降りるなり、勝の方へ足を進める。暗くて気付くのが遅れたが、勝の横に拘束された男が眠っている。
「捕まえてただけだ。こいつが逃げない様にな。今は眠ってるがもう目覚める時間だろう」
男は目を覚ますと、目の前の事は気にもしない。ただ眠る前の記憶を思い出している。男は慌てて自分の服を脱ぎ腹を確認する。腹には傷があった。
「本当にこいつが……具流目大輝なのか?」
「た、助けてくれえ!! は、腹の中に、か、か、金が……」
男は日揮の質問に答えもせず、助けを求めた。尋常じゃない慌て様に、日揮
は勝に問い詰めた。
「お前、何したんだ!?」
「何もしてねえよ。あいつの腹に傷を着けただけだ。もっとも彼はそれを知らないがな」
「やり方が残酷だ! 犯人の精神が壊れるような事を…」
「精神なんかとっくに壊れてるだろ? 人なんか殺してるんだから」
「お前……」
日揮は勝に言い足りない様子だが、言葉が浮かばない。他の警官達が具流目を連れて行こうとしているのに勝は気付いた。
「お前の相手は後だ。まだ具流目には聞かなきゃいけない事がある」
「おい……その整形手術、そこまで綺麗に出来る奴は相当の技術だ。誰にやって貰った?」
「知らない! 眠ってた間に手術は終わったんだ!」
「お前が知らない訳ないだろ! 答えろ!」
「止めろ!!」
乱暴に聞き出そうとする勝を日揮は止めた。野々路がやって来ると、警官達に早く連れて行けと命令した。
「探偵……DNA鑑定の結果で逮捕状を作れたんた。迷惑をかけるな」
「迷惑? その結果出るのに数日もかかる。その間にあいつが金を持ってトンズラされたら終わりだろ! とにかく離せ! 奴にはまだ聞く事がある!」
「落ち着け探偵! ……今度取り調べであいつと話をさせてやる。今日はもう帰れ。こんな遅くに疲れさせやがって」
「チッ!」
舌打ちをした勝は力も出さず、具流目を乗せたパトカーが行くのを見るしかなかった。もう何もしないだろうと日揮は勝を離した。不明と未明が勝の元へ来ると、未明が珍しく謝った。
「ごめんなさい……私が麻酔を」
「……いいさ。まだ終わった訳じゃないんだ。具流目は関わってる可能性は高いんだ。絶対に吐かせるぞ」
勝は未明の頭を撫でると、日揮を睨んた。それに恐怖を感じた日揮は息をのむ。
「……お前の行動は間違いじゃない。だが、俺の邪魔した詫びとして、事務所まで送ってもらおうか」
「……ああ」
勝は何を聞きたかったのか。具流目は何と関わってるのか。この答えを日揮はいずれ知ることになる。




