一番大事な物は何ですか? 千
広いリビングに招かれた勝達は、それぞれの椅子に座る。味美は客に飲み物を用意するためにキッチンに立った。
「急でしたのであまり良い物がありませんが、皆さん麦茶よろしいですか?」
「……お構いなく」
日揮は気になっていた。さっきからドアの隙間からこちらを覗く者がいる事に。誰かはこの前来た時に知ってるがなぜ隠れているのか分からない。未明が立ち上がり、周りをキョロキョロと見渡す。気付かない素ぶりを見せながら、覗く者の死角に入り、ドアを開けた。
「うわー!」
「……お前、誰?」
ドアから倒れ出てきたのは小さな子供だ。その顔を見た不明は大声を出した。
「ああー! 写真で見たよ! 遊葉君…だっけ?」
「なんでなまえしってるの!? さてはすぱいだな?!」
「遊葉! お客様が来られてるのですよ! 最初に挨拶をしなさい!」
「は、はい! こんにちはです。ぐだくさゆうはです」
「可愛いね〜。歳いくつ?」
「な、ろくさいです…」
「若ーい。今暇? 私達と遊ばない?」
何でナンパみたいな言い方をしてるのか分からないが、日揮にとっては子供に話を聞かれなくない。
「あそぶあそぶ!」
遊葉は飛び跳ねて喜んでいる。だがこれは親の許可が必要だ。
「すいませんが、遊葉君を彼女達に預けてもよろしいですか?」
「しかし……ご迷惑になります」
「私からもお願いします。あの姉妹は世話好きで、子供には優しいんですよ」
妙に引っかかる言い方だが、味美は承諾してくれた。
「……分かりました。遊葉、失礼のないようにね」
「はーい」
「お前達もあまり騒ぐなよ」
「はーい」「……ん」
不明と未明は遊葉を手を繋ぎながら、ドアの向こうに連れて行った。閉まったドアを眺めていた日揮は麦茶が置かれる音で、目線を味美に変えた。
「味美さん…夫の具沢差紳助さんが出張に行った時の話を、もう一度聞かせてください」
「そう言われましても、あの時の事は全て話しました」
「これが最後です。お話を聞かせてください」
味美は少し考えて答えた。何度も話すのは普通に面倒な事だ。それに人は時間が経つと記憶が消えて行く。
「……分かりました。まず紳助さんが出張に行く時、朝の七時に家を出ました。迎えの車が家の前まで来て、それで空港に。帰って来たのはそれから四日後。紳助さんが空港に着いたのは夜六時半でした。その後夕飯を食べに行こうとの約束をしていたので、遊葉と一緒に迎えに行きました。しかし、道が混んでて私達が空港に着いたのはそれから三十分後の七時です」
随分と詳しく覚えている奥さんだ。しかしたったの三十分では、流石に殺害するのは無理だ。それにこの時点で既に具流目は行方不明になっている。勝はさらに質問をする。
「その後、具沢差紳助さんはいつも通り会社に?」
「ええ。ただ院長がいなくなったので代役をされたらしく、帰りがいつもより遅くなって……」
特に問題はない。日揮はもう具沢差紳助が犯人とは思わない。犯人は違う人物で、死んだ事で夫が院長になれた。それだけで動機は充分にある。
「味美さん。この前聴いてなかったのですが、夫が出張の間、あなたは何を?」
「わ、私を疑っているのですか?!」
「すいません。そういう訳ではありません。ただ一応知っておかないと、後で怒られるので…」
「……特にいつも通りです。専業主婦なので、出るのは買い物に行くくらいです。遊葉は小学校に行っていません」
今の所、彼女のアリバイはない。日揮の思った通り、彼女への疑いが濃くなった。勝はお茶を飲むと、味美に質問した。
「味美さん、昔スポーツやられてました?」
いきなり変な質問になった。日揮は何故そんな質問をしたのか分からない。味美も不思議に思った。
「? いえ、学校では茶道部で運動はほとんど…」
「なるほど、もしかして麦茶が美味しいのはそれで?」
「いえいえ、特に手を加えてません。それに私はあまり上手くありませんでした」
「そうなんですか。しかし、身体も手も細くて綺麗ですね。夫が羨ましいですよ」
「……それは褒めていると受け取っておきます」
「変な意味ではありません。紳助さんは何かスポーツは?」
「いいえ。あ、でも最近体を鍛えてるみたいで、結構な歳なのに、少し若く見えて来て…」
味美は若々しくなった夫に、ちょっと喜んでいた。勝は笑顔で礼をした。
「ありがとうございます。では我々はそろそろ帰ります」
勝は立ち上がり頭を下げる。日揮はまだ聞きたい事もありながらも、遅れて立ち上がり、頭を下げる。
「すいませんが、遊葉君の所に行った不明と未明を迎えに行っても?」
「分かりました。おそらく遊葉の部屋にいますので、案内します」
「くらえー! せいなるつるぎー!」
遊葉は段ボールで作った剣を未明に刺した。
「今です七賢者! 封印を!」
不明が両手を天に掲げて叫んだ。
「……おのれ」
未明が倒れた。遊葉の部屋のドアを開けて勝が見た光景がこれだ。
「何だこれ? 不明、未明、そろそろ帰るぞ」
「え〜もうかえっちゃうの? まだあそびたいよ〜」
「ごめんねー。私達も正義の為に忙しいからね」
「う〜……」
遊葉が悲しそうに、目には涙を貯めている。すると不明は遊葉の頭をなでてあげた。
「遊葉くーん…楽しかった?」
「え、うん! たのしかったー!」
「じゃあ涙じゃなくて笑顔笑顔! 辛い時も忘れずにね!」
不明は笑顔で遊葉に言った。遊葉はそれに答えて笑顔になる。
「うん。ばいばいおねえちゃん」
「ばいばーい」
不明は大きく手を振り、未明は小さく手を振りながら部屋から出ていった。それを見ていた味美も笑顔だった。
「ありがとうございます。遊葉があんなに楽しそうになってくれて。少し前に紳助さんに怒られて、元気なかったんですよ。あの子も大怪我した時に比べて本当に元気になったんです」
遊葉の部屋を見つめながら語る味美。不明と未明は気にもせず、勝の両腕を掴まえた。
「ねえねえ! 何の話だったの?! 教えて教えて!」
「……言え」
「後でな。それでは我々はこれで失礼します」
「はい…玄関まで見送ります」
玄関で靴を履いた後で勝は思い出した。
「そういえば息子さんの大怪我も、具流目病院で治療を?」
「ええ、父として息子を助ける。紳助さんの想いです」
「ありがとうございます。では失礼します」
玄関を閉める勝。歩きながらブツブツと呟く。
「大怪我……治療……血液……う」
頭を抱え地面に足を着ける勝。苦しむ姿を見えた日揮は車から降りて近寄った。
「おい探偵?! 大丈夫か?!」
「大丈夫だよー。いつもなっちゃうのー。勝さんも体が思い通りにならないからね」
「……あー治った。全く慣れねえな」
「何だ今のは?」
「たまに起こって、勝手に推理しだすんだ。時には無理矢理な方法も出てくるがな」
「つまり犯人が誰か分かったのか?」
「犯人は言った通りだ。車に乗って話そう」
車の助手席に座った勝。日揮も急いで、運転席に乗って車を走らせた。
「お前の考えより僕の考えを聞いてくれ。犯人は妻の味美さんだと思っている」
「……何故だ?」
「彼女は事件のアリバイもないし、動機もある。具流目が死ねば、自分の夫が院長になれると考えた」
「ほう、ならどうやって殺害した?」
「そんなのは分からんが、何処かに閉じ込めて遺体を……」
「あの細腕で、女の力じゃ無理だ」
「なら共犯…」
「ないな。具流目に恨みがあるなら具沢差紳助の方に言うはずだ。それを妻に聞くなんて変な話だ。利害の一致ならあるが、可能性が低い」
「じゃあ……やはり夫の紳助の方が…」
「……元気無くすなよ。お前に頼みがあるんだ」
警察に珍しく頼み事をするなんて、日揮は嫌な予感がした。




