第3話:40兆円の眠れる富と、規格外の親孝行
「あ、あれ……? アルム、鏡のなかの私が……なんだか縮んだというか、いや、若返りすぎてないか!?」
病室の洗面台の前で、父・巌が自分の顔をペタペタと触りながら素狂ったような声をあげた。
鏡に映っているのは、50代半ばの疲弊した中年男の姿ではない。
ハリのある瑞々しい肌、凛とした眉目、そして黒々と毛量豊かな黒髪。どこからどう見ても**25歳前後の血気盛んな青年**そのものだった。
20歳のアルムと並んで立つと、年の差はわずか5歳ほど。親子というよりは「精悍な兄と賢朗な弟」といった兄弟にしか見えない。
「あはは、細胞レベルで完璧に最適化したら、一番健康でエネルギーに満ちていた25歳くらいの肉体年齢まで戻っちゃったみたいだね。兄弟って言っても通りそうだよ、父さん」
「き、兄弟ぃ!? いやいやアルム、嬉しいが流石にこれじゃ会社や近所の人にどう説明すれば――」
そこまで言って、巌は急に頭を押さえてウロウロと病室を歩き回り始めた。
「待てよ……急に若返って、胃潰瘍も治って、会社を辞めて世界を変える……? だ、だめだ、だんだん現実味が湧いてきて恐ろしくなってきたぞ……! 私はただの閑職のうだつの上がらないサラリーマンなんだぞ!? そんな大役、プレッシャーでまた胃に穴が空きそうだ……!」
長年「虐げられる側」に甘んじてきた貧乏性と自己評価の低さが、急激な環境の変化に追いつかず、精神的な拒絶反応を起こし始めていた。
(なるほど……肉体を若返らせても、精神のコンフォートゾーンが『無力な自分』のままだと、重圧でまたストレスを抱え込んでしまうか)
アルムはそっと微笑むと、父の背中にそっと手を当てた。
(『DW-QCS』によるマインドセットのハイパー・チューニング――)
アルムの手から、思考の深層領域へと直接働きかける微細な量子波動が注ぎ込まれる。
恐怖や不安を取り除き、自己肯定感を極限まで高め、「未来を変える偉業」を当たり前に受け入れられる強靭な胆力を構築する最適化処理だ。
『私は1000億円の資産を持ち、あらゆる富にアクセスでき、世界のバグを修正するアルムの忠実なるパートナー(僕)である――』
ほんのコンマ数秒の精神補正が完了した瞬間、巌の目つきからおどおどした焦りが消え去った。
すっと背筋が伸び、瞳には世界を俯瞰するような深い自信と、我が子への絶対的な信頼と誇りが満ちあふれる。
「……ふぅ。取り乱してすまなかったね、アルム。いや、我が弟……ではなく、我が誇り高き先導者よ。私のメンタルまで完璧に補正してくれるとは、至れり尽くせりだな」
「あはは、気に入ってくれたみたいでよかったよ、父さん。精神のバグも修正完了だね」
「ああ、すこぶる調子がいい! 今ならどんな重圧でも笑顔で跳ね返せそうだ。で、具体的にまずは何から始めるんだい?」
25歳の姿で爽やかに腕を組む父に、アルムはベッド脇のパイプ椅子に腰掛けながら古いスマートフォンを取り出してみせた。
「まずは、僕たちの活動資金の確保と、この『原始世界』に眠っている無駄なリソースの解放だよ」
アルムの頭脳が、スマホ経由で世界の金融ネットワーク――その最深部へとアクセスを開始する。
駆動するのは、無限のエネルギーを生む『ナノアークリアクター』と、超次元波動演算システム『DW-QCS』だ。
アルムが瞬時に解析し始めたのは、誰にも気づかれずネットの海に放置された「死に金」のデータだった。
* 権利者が亡くなり、永久に請求されないまま放置された生命保険金
* 期限切れ寸前、あるいは所有者不明の宝くじ高額当選金
* 休眠口座、孤立した暗号資産ウォレット、複雑な相続の隙間に消えた莫大な資金
(日本の個人の預貯金総額は約1,400兆円と言われているが……なるほど、DW-QCSで精査してみれば、日本国内だけで**約40兆円**もの『死に金』が暗礁に乗り上げているか。世界全体となれば、その10倍……400兆円規模だ)
どれほど巨額の富が存在していても、動かなければ存在しないのも同然。
アルムはDW-QCSの多次元解析プロトコルを応用し、これらの「完全に放置され、永久に誰も請求しない資金」のうち、法的・システム的に100%クリーンな端数領域を超高度アルゴリズムで回収・再配置した。
不正な奪取ではなく、止まっていた血液(資金)を社会に再び循環させるための正当な処理だ。
ほんの数秒の処理が完了すると、アルムはスマホの画面を父親に向けた。
「父さん。まずはこれを受け取ってよ。これまで苦労して僕を育ててくれたお礼だよ」
「ん? 銀行アプリの通知か?」
巌はポケットからスマホを取り出し、画面を開いた。
そこに表示されていた口座残高の数字を目にして、巌はフッと頼もしい笑みを浮かべた。
`【普通預金残高:¥100,000,000,000-】`
「1000億円か。ふふっ、私への口座に1000億円とは、最高の親孝行(そして世界修正の準備金)だな、アルム。これなら急な買い物があっても安心だ」
精神を補正された巌は、1000億円という破格の金額を目にしてもパニックを起こすどころか、最高の余裕をもってそれを受け止めていた。
「ありがとう、アルム。この資金があれば、私たちが動くための足回りも、あのブラック企業の買収も一瞬で完了させられる。閑職の元部長として、あの会社に最高の退職届(あるいは引導)を叩きつけに行ってあげようじゃないか」
「頼もしいよ、父さん。……ううん、『巌さん』かな?」
「ははは! 25歳同士だ、外では兄弟のフリをするのも悪くないな!」
豪快に笑い合う二人。
その傍らで、アルムの瞳にはすでに「世界中の金融マーケット」のリアルタイムデータが立体的に描写されていた。
株、為替、国債、エネルギー市場――。
DW-QCSが、混とんとした2026年の世界経済のバグを次々と洗い出し、修正のシミュレーションを完了させていく。
(奪い合いの経済から、与え合う経済へ。ナノアークリアクターを投下する前に、まずはこの歪んだ市場のパワーバランスを書き換え、正しい未来へ導くための絶対的な基礎を固める)
見た目25歳の超ハイスペックな父・巌と、2326年の知恵を宿した20歳の伝説のエンジニア・アルム。
無敵となった縦溝親子の「世界健全化修正譚」は、いよいよ明日、ブラック企業ネクスト・ソリューションズへの殴り込み(&同僚・一ノ瀬ユミカの救出)へと加速していく――!
(第4話へ続く)




