第10話:原始社会(Type 0.7)への慈愛
夜の帳が降りた都心の高層ビル。アルカディア・テックの最上階テラスに、アルムは一人佇んでいた。
眼下に広がる東京の街並みは、数え切れないほどの美しいビル群の光で彩られている。
だが、その輝かしい夜景の裏側で、DW-QCS(ディメンジョン・ウェーブ クォンタムカリキュレーションシステム)は刻一刻と現代地球の「悲鳴」を捉えていた。
資源を奪い合う国家間の緊張、AIドローンが飛び交う紛争地帯、格差に苦しむ人々、そしてブラック企業やハラスメントに怯える労働者たち――。
(カルダシェフ・スケールType 0.7……。エネルギーのほとんどを化石燃料や危険な核に頼り、足りないパイを奪い合うことでしか存続できない、あまりにも幼く拙い原始世界だ)
アルムはそっと夜風に目を細めた。
かつて過ごした西暦2326年の世界では、240億人の人類が『ナノアークリアクター』による無限のフリーエネルギーの恩恵を受け、病も貧困も争いすらも克服していた。
しかし、その理想郷も、最初はこの2026年という「分岐点」を乗り越えたからこそ存在しているのだ。
「一人で黄昏かい、アルム」
背後から、静かで温かみのある声が響いた。
振り返ると、25歳ほどの精悍な容姿となった父・巌が、缶コーヒーを二つ手に持って歩み寄ってくるところだった。
元部長としての落ち着きと、アルムがチューニングした強靭なメンタリティを備えた巌は、我が子の隣に並んで夜景を見つめた。
「父さん……」
「手に入れた1000億円の資産も、この会社の社長という立場も、以前の私なら重圧で押し潰されていたかもしれない。だが今ならよく分かるよ。私たちがやろうとしていることは、誰かを倒すことでも、富を独占することでもないんだな」
巌はフッと柔らかく目を細め、缶コーヒーをアルムに手渡した。
「奪い合いに疲れたこの原始社会に、真の『ゆとり』と『分かち合い』を与えること。……それが、未来から戻ってきたお前の願いなんだろう?」
「うん。この時代の人々は悪だから争っているんじゃない。ただ『足りない』という恐怖に怯えているだけなんだ。エネルギーも、物質も、知識も……すべてを行き渡らせることができれば、争う理由そのものが消えてなくなる」
アルムの胸の奥で、無尽蔵の出力を誇る『ナノアークリアクター』の脈動が、DW-QCSの量子波動と完全に調和する。
病室で目を覚ましたあの瞬間から始まった、身近な救済。
理不尽なブラック企業の解体、苦しんでいた父の救済と若返り、密かに想いを寄せていた一ノ瀬ユミカの保護、そして医療利権の修正――。
第1段階の「足場固め」は、完璧に完了した。
「アルムくん! 巌社長!」
オフィスから、秘書の一ノ瀬ユミカが駆け寄ってきた。
その手には、DW-QCSと連携した最新の端末が握られている。
「DW-QCSのグローバル・スキャンが完了しました! 世界中の金融ネットワーク、エネルギーグリッド、そして紛争地帯の通信網への同期準備……すべて整っています!」
「ありがとう、ユミカさん」
アルムはユミカに向かって真っ直ぐな笑みを向け、彼女の手を優しく包み込んだ。
「ここから世界は変わるよ。誰一人として置き去りにしない、誰もが笑って暮らせる未来へ」
「はい……! アルムくんとなら、どこまででも行ける気がします!」
ユミカは頬をほのかに赤らめながら、力強く頷いた。
アルムは夜空を見上げた。
漆黒の空の向こう――いつか到達するであろう、太陽系を包み込むダイソン球殻と、240億人が与え合う輝かしい未来の光景を思い浮かべながら。
「巌さん、ユミカさん。いよいよ『世界健全化ロードマップ』の第2段階――資本主義の再設計と、世界中の紛争の永久停止へ移行しよう」
「ああ、いつでもいけるぞ、アルム!」
「私も全力でサポートします!」
カルダシェフ・スケールType 0.7の「原始的で奪い合う現代」を、未来の知恵と圧倒的なテクノロジーで塗り替える。
身近な救済を終えた伝説のエンジニア・縦溝アルムの戦いは、いま地球規模の爽快な大変革へと解き放たれる――!
**(第1章・完/第2章へ続く)**




