第98話 降車を受け取る人
補給網の記録では、第一配送者は今も満タン便の運転席から降りていません。
けれど、そこに人の姿はありません。
誠司たちは運転席を分解するのではなく、「運行を終えた運転者は、いつ降車したことになるのか」を確かめます。
荷物に受取人が必要なように。
帰ってきた運転者にも、その帰着を受け取る人が必要でした。
朝の車庫で、誠司は満タン便の運転席を開けた。
座席。
ハンドル。
足元。
天井。
昨日と変わったところはない。
誰かが隠れられる空間もない。
車体の下や座席の裏は、ガランがすでに確認している。
それでも配送帳面には、昨夜と同じ記録が残されていた。
旧運行責任者――第一配送者
車両帰着――完了
運行者帰着――未完了
第一配送者・乗車状態――継続中
未降車位置――満タン便・運転席
誠司は座席へ手を置いた。
冷たい。
人の体温は残っていない。
「もう一度、座りますか?」
ロウグが助手席側から尋ねた。
「その前に、空の状態を記録しよう」
誠司は運転席へ乗らず、外から確認を続けた。
鍵は抜いてある。
駐車ブレーキは掛かっている。
変速位置は停止。
燃料計。
走行距離。
前日の帰着時と同じ。
荷台は空。
返送品も、工具以外はすべて降ろされている。
「運転席、無人」
ロウグが帰着確認票へ記す。
「車両、停止状態」
ガランが続ける。
「荷台、未処理品なし」
エレナは配送帳面を見た。
「それでも第一配送者は乗車中です」
北方補給網中枢の管理人は、車庫の入口に立っていた。
彼女は帳面の表示より、運転席の扉を見つめている。
「中枢で使う『乗車』は、身体が座席にあるという意味だけではありません」
「運行責任が残っているということですか」
誠司が尋ねる。
「はい。車両を帰着させ、荷物を引き渡し、記録を提出し、次の管理者が受領するまで、運転者は運行中として扱われます」
「第一配送者は満タン便を水車町へ戻した」
ロウグが記録を確かめる。
「ですが、帰着確認を受けていない」
「誰からも?」
「第一配送者の時代、水車町に運行者帰着当番は登録されていませんでした」
管理人は答えた。
「車両だけが戻り、運転者の運行は閉じられなかったのでしょう」
誠司は昨日作った帰着票を見た。
運行記録の確認。
車両と体調の確認。
二つの帰着印。
自分の東方修理便は、その手続きを終えたことで帰還線へつながった。
第一配送者には、それがなかった。
「運転席から降りたかどうかではなく」
誠司は言った。
「降りたことを受け取る人がいなかった」
管理人が頷いた。
荷物を置くだけでは、配達完了にならない。
受取人が確認し、責任を引き継ぐ必要がある。
運転者も同じだった。
車を置き。
鍵を抜き。
その場を離れても。
誰にも戻ったと伝えなければ、仕組みの上では運行が続いている。
「第一配送者の帰着票を作れませんか」
エレナが尋ねた。
「過去の便を、今から受け取るんです」
ロウグは古い記録を調べた。
第一配送者・北方最終便。
出発時刻は残っている。
走行経路も。
北方一号の出庫と返送。
満タン便が水車町へ戻った記録。
だが、帰着時刻と運転者の状態欄は空白だった。
「帰着時刻を推測で埋めることはできません」
誠司は言った。
「車両が戻った時刻は分かります」
エレナが記録を指す。
「運転者も一緒だった可能性が高いです」
「可能性では、帰着確認になりません」
第一配送者が満タン便を運転して戻ったのか。
誰かが車両だけを運んだのか。
途中で乗り手が替わったのか。
確かな記録はない。
「では、どうする」
ガランが運転席を覗き込んだ。
「座席を外してみるか?」
誠司は首を横に振った。
「今は外しません」
「記録が座席の下に残ってるかもしれんぞ」
「救援依頼が入れば、満タン便を使う可能性があります」
分解中に便が必要になれば、車両を出せない。
座席を外すなら。
代替の運行手段。
作業時間。
元へ戻せる部品。
そこまで準備してから行う。
謎があるという理由だけで、稼働中の車両を止めることはできなかった。
「まず、今の運転者が正しく降車できるかを確かめます」
誠司は帰着票を一枚用意した。
「俺の手続きを、一つずつ分けましょう」
*
満タン便を使った短い構内運行が行われた。
車庫から、水車町配送所の荷降ろし場まで。
荷物は載せない。
燃料もほとんど使わない。
ただし、遊びで走らせるのではなかった。
配送所で使う新しい車両返却手順を確認するための運行だった。
運行者――田村誠司
車両――満タン便
便種――構内移動便
出発地――水車町車庫
目的地――水車町荷降ろし場
帰還先――水車町車両返却所
積荷――なし
運行目的――返却手順確認
ロウグが読み上げる。
「積荷なしでも、便として登録するんですね」
「車両を動かします」
誠司は答えた。
「事故が起きれば、荷物がなくても運行記録は必要です」
始業点検。
右前輪。
左前輪。
灯火。
燃料。
荷台。
異常なし。
誠司が運転席へ座る。
鍵を差し込む。
配送帳面の表示が変わった。
現運行者――田村誠司
乗車状態――運行中
旧運行者――第一配送者
乗車状態――継続中
「二人乗っている扱いです」
エレナが言った。
実際に運転席へ座っているのは、誠司一人。
それでも記録上は、二人分の運行が重なっていた。
エンジンを掛ける。
満タン便を車庫から出す。
荷降ろし場を一周。
道路へは出ない。
歩行者の通路。
共同荷車の待機線。
荷物の仕分け場所。
すべてを確認しながら、低い速度で進む。
そして新しく作られた車両返却所へ入った。
配送所の裏手。
返送受入所とは別の、小さな区画。
屋根。
点検溝。
鍵を保管する箱。
運行記録を置く台。
故障や違和感を示す札。
車両を次の便へ渡すための場所だった。
床には三つの停止線が引かれている。
一つ目。
帰着待機。
二つ目。
点検。
三つ目。
保管。
運転者は一つ目の線で停車する。
エンジンを切る。
駐車ブレーキ。
変速位置。
鍵を抜く。
「構内移動便、帰着しました」
誠司は運転席から降りた。
だが、すぐに車両から離れない。
まず車体の周囲を一周する。
走行中の異音。
接触。
液漏れ。
なし。
走行距離。
燃料使用量。
記録する。
荷台。
空。
返送品。
なし。
忘れ物。
なし。
次に、鍵をロウグへ渡した。
「満タン便、返却します」
ロウグは鍵を受け取る前に、番号を確認した。
「車両名」
「満タン便」
「運行者」
「田村誠司」
「未処理荷物」
「なし」
「走行中の異常」
「なし」
「燃料残量」
誠司が目盛りを読み上げる。
ロウグが記録する。
そこで初めて、鍵を受け取った。
「運行記録を受領しました」
最初の帰着印。
四角へ戻る矢印。
ごん。
次にガランが、車両を点検線へ移す。
運転はしない。
満タン便を手で押し、わずかに前へ動かす。
ガランと弟子が左右から車輪を確認する。
短い構内運行でも、省略しない。
右前輪。
左前輪。
灯火。
車体下部。
荷台扉。
異常なし。
「車両、次回運行可能」
二つ目の帰着印。
中央に線の入った戻る矢印。
ごん。
最後にリアが誠司を見る。
「体調は?」
「問題ありません」
「手の痺れ、目眩、眠気は?」
「ありません」
「運行後の休憩は?」
「次の仕事へ入る前に十五分」
リアは体調確認欄へ印を付けた。
運行者が戻った。
車両も戻った。
鍵も。
記録も。
すべてが別の人の手へ引き継がれた。
配送帳面の表示が変わる。
構内移動便――帰着完了
現運行者・田村誠司――降車完了
誠司は運転席から離れている。
鍵も持っていない。
運行責任も閉じられた。
だが。
その下には、まだ記録が残っていた。
旧運行者・第一配送者――未降車
「手順そのものは正しい」
ロウグが言った。
「誠司さんは降車できました」
「第一配送者に足りない項目を比べよう」
現在の帰着票と、第一配送者の最終記録を並べる。
車両帰着。
完了。
鍵の返却。
記録なし。
運行記録。
一部あり。
未処理荷物。
不明。
車両点検。
記録なし。
運転者体調。
記録なし。
帰着確認者。
未登録。
「足りないものが多すぎるな」
ガランが言った。
「全部を今から確認するのは無理です」
エレナは第一配送者の記録をめくった。
「車両の状態は、現在の満タン便を調べれば一部確認できます。でも、当時の燃料や運転者の体調は分かりません」
「確認できない欄を、確認済みにしてはいけない」
誠司は帰着票へ、三つ目の状態を作った。
確認済み。
異常あり。
そして。
確認不能。
「分からないものを空欄にすると、忘れたのか、確認できなかったのか判別できません」
確認不能と書く。
理由も添える。
記録喪失。
本人不在。
時間経過。
設備未登録。
「確認不能があっても、運行を閉じられるのでしょうか」
ロウグが管理人を見る。
「補給網は、確認不能の理由と、代わりに責任を引き受ける者を求めます」
「代わりに?」
「第一配送者の帰着を、現在の水車町が受け入れるという申告です」
第一配送者本人の体調は分からない。
当時の車両状態も。
けれど。
記録が失われていることを認め。
残された問題が出た場合、今の配送所が対応する。
そう引き受ける者がいれば、古い運行を閉じられる可能性がある。
「過去の便の不足を、今の人間が背負うのか」
カイルが低い声で言った。
「全部ではありません」
誠司は答えた。
「分からないことまで、分かったとは言わない」
第一配送者がしたこと。
起こした問題。
残した荷物。
それらを無条件に正しかったと認めるわけではない。
ただ。
帰ってきたという記録を受け取る。
残された未処理品が見つかれば、現在の仕組みで扱う。
「受け入れるのは、過去の責任そのものではなく」
ロウグが言った。
「未処理のものを、これから確認する責任ですね」
「そうです」
誠司は頷いた。
第一配送者の帰着確認票が作られた。
運行者――第一配送者
登録名――未登録
車両――満タン便
最終運行――北方一号回収便
車両帰着――確認済み
運行者帰着――未完了
鍵返却――確認不能
運行記録――一部確認
未処理荷物――調査中
車両状態――現在状態のみ確認可能
運行者状態――確認不能
確認不能理由――本人不在、記録欠損、長期経過
残存事項受入先――水車町車両返却所
帰着確認者の欄。
一人目。
現在の運行記録管理者。
ロウグ。
二人目。
現在の車両整備責任者。
ガラン。
だが、運転者本人の帰着を誰が受け取るのか。
そこだけが空いていた。
「配送所では駄目なんですか」
エレナが尋ねる。
「第一配送者の記録では、町の名だけでは受取人にならなかった」
ロウグが答えた。
「誰かが、帰ってきた本人を受け取らなければならない」
「本人は、ここにいません」
リアが言う。
そのとき。
返送受入所から、小さな鐘が鳴った。
一度。
間を置いて、二度。
北方一号の容器に変化があったときの合図だった。
全員の視線が、返送受入所へ向く。
リアが先に動いた。
「休眠解除の確認時刻です」
「行きましょう」
誠司は第一配送者の帰着票を閉じた。
答えの出ない欄を、焦って埋めない。
北方一号の状態確認が先だった。
*
返送受入所の低温区画では、容器の霜が薄くなっていた。
完全に消えてはいない。
灰色だった表面の一部が、透明へ変わっている。
内部に、人の輪郭が見えた。
寝台に横たわる人物。
体格は、誠司より小さい。
長い髪。
顔は、まだ曇った面に隠れている。
リアが生命反応を確認する。
「安定しています」
管理人は温度基準札を見る。
「第二段階、完了。第三段階へ移行可能です」
容器側面の意思表示。
帰る。
青い光は、昨日から変わらずそちらに灯っている。
「本人の意思、継続」
ロウグが記録した。
第三段階。
低温休眠状態を終了し、通常の眠りへ移す。
容器の封印はまだ開けない。
内部の空気と受入所の空気を、細い管で少しずつ近づける。
温度。
湿度。
呼吸。
急に変えない。
管理人が管を一本接続する。
リアが受入所側の調整弁を、目盛り一つだけ開く。
小さな音がした。
しゅう。
容器内部の曇りが、ゆっくり流れる。
北方一号の顔が、少しずつ見えるようになった。
誠司は、容器から離れた位置に立っていた。
医療担当の作業場所を塞がない。
近づきすぎない。
目を覚ましたとき。
知らない人間に囲まれているように見えないよう、室内の人数も減らした。
残ったのは。
リア。
管理人。
ロウグ。
そして誠司。
ほかの仲間は、隣の確認室で待つ。
「呼吸数、上昇」
リアが言った。
「正常域へ近づいています」
指先が、わずかに動いた。
一度。
それから、もう一度。
長い眠りの中で何かを確かめるように。
北方一号の右手が、ゆっくり開く。
掌には何もない。
だが、指は何かを握ろうとする形になった。
「鍵を持っていた反応です」
管理人が呟いた。
「鍵?」
「休眠前、最後まで右手に鍵を持っていました」
「今は?」
「中枢で保管しています」
どの鍵か。
管理人はまだ答えなかった。
温度調整が続く。
生命反応。
安定。
容器の内側で、北方一号の唇が動いた。
声は聞こえない。
まだ密閉されている。
ロウグが表情を読み取ろうとする。
「何か、話しています」
管理人が容器側面の集音板を起動した。
最初に聞こえたのは、呼吸音。
浅い。
けれど一定。
次に。
ごく小さな声。
言葉にはならない。
リアは作業を止めなかった。
「聞き取るために温度を上げないでください」
「分かっています」
管理人が答える。
必要な速さを変えない。
声が弱くても。
起こすための順番を優先する。
数分後。
北方一号の瞼がわずかに震えた。
まだ開かない。
唇が、再び動く。
今度は、集音板から一つの言葉が聞こえた。
「……帰着……」
ロウグが息を止める。
北方一号は眠ったまま、続けた。
「……確認……」
管理人の表情が変わった。
誠司は一歩も動かなかった。
「誰の帰着を確認しようとしているんですか」
ロウグが小さな声で尋ねる。
返答はない。
意識的に話しているのかも分からない。
北方一号の右手が、もう一度何かを握る。
鍵。
そして。
「……運転手……」
音が途切れる。
呼吸数が一度上がった。
リアが温度弁へ手を添える。
だが、すぐに通常域へ戻る。
「続行できます」
第三段階は、予定どおり進められる。
そのとき。
配送所に置いてきた配送帳面が光った。
遠く離れた低温区画でも分かるほど、窓の向こうが淡く明るくなる。
ロウグが確認室へ走り、帳面を持って戻ってきた。
ページには、第一配送者の帰着票が開かれている。
空欄だった受取人の欄へ、文字が浮かび始めていた。
第一配送者・帰着受取人
北方一号
「北方一号が?」
エレナが確認室から覗く。
管理人は、容器の中の人物を見た。
「もともと、この人が受け取る予定でした」
「第一配送者の帰着を?」
「はい」
管理人は答えた。
「第一配送者が北方一号を受け取り、北方一号が第一配送者の帰着を受け取る。それが、二人の登録した配送契約でした」
「互いが受取人だった」
ロウグが言う。
だが。
第一配送者には帰る場所がなかった。
北方一号は、低温休眠状態へ戻された。
互いに相手を受け取るはずだった二人は。
どちらの配送も完了させられなかった。
「だから第一配送者は、降りられなかった」
誠司は運転席の記録を思い出した。
帰ってきても。
帰着受取人が眠っている。
受領確認ができない。
「北方一号が目を覚ませば、第一配送者の帰着を受け取れるんですか」
「本人が同意すれば」
管理人は答えた。
「過去の約束だからといって、自動では成立しません」
本人意思。
やはり、最後はそこだった。
北方一号が。
今も第一配送者の帰着を受け取る意思を持っているか。
目を覚ましたあとに確認しなければならない。
「帰着票は保留にします」
誠司は言った。
「本人が話せるようになるまで、受領印は押しません」
配送帳面へ、状態が記録される。
第一配送者・帰着手続き
受取人候補――北方一号
本人意思確認――待機
旧運行責任者・乗車状態――継続
答えは近づいた。
だが、まだ運転席から降ろさない。
眠っている人の意思を、こちらで決めない。
*
第三段階の調整は、夕方まで続いた。
急な変化はない。
体温。
呼吸。
生命反応。
すべて、通常域へ近づいている。
容器の封印を開けるのは翌朝。
今夜は、低温休眠ではなく通常の睡眠状態で休ませる。
「目を覚ます可能性はあります」
リアが言った。
「ただし、無理に呼びかけません」
室内の灯りを落とす。
音を減らす。
見張りは二人。
リアと管理人が交代する。
水。
毛布。
覚醒後補給品。
使う順番に並べる。
返送庫の預かり手が用意した乾燥果実は、まだ開けない。
まず水。
次に状態を確認し。
許可が出てから、薄い飲み物。
食べ物は、そのあと。
「目を覚ました人へ、最初に何を伝えますか」
ロウグが尋ねた。
誠司は考えた。
名前を聞く。
なぜ自分を知っているのか尋ねる。
第一配送者について聞く。
どれも知りたい。
けれど。
長い眠りから目を覚ました人へ、最初に必要な情報ではない。
「ここが水車町だと伝えます」
「次は?」
「安全な場所へ届いたこと」
「その次は?」
「急いで話さなくていいこと」
リアが頷いた。
「質問は、本人から聞ける状態になってからです」
誰なのか。
過去に何があったのか。
謎の答えより。
今、どこにいて。
安全なのか。
何を選べるのか。
それを先に伝える。
誠司は受入手順の最初へ書いた。
覚醒時案内
一、現在地を伝える
二、安全を伝える
三、急いで話す必要がないことを伝える
四、水分と体調を確認する
五、本人の希望を尋ねる
名前を尋ねるのは、そのあと。
名前の照会が休眠解除命令になる仕組みは、もう解除後なら問題ないのかもしれない。
それでも。
本人が名乗る前に、こちらから記録を開こうとはしなかった。
*
夜。
車庫では、満タン便が静かに停まっていた。
鍵は車両返却所の保管箱にある。
運転席は空。
現運行者はいない。
それでも第一配送者の乗車状態は続いている。
誠司は車庫の入口から、運転席を見た。
第一配送者宛ての書簡は、返送受入所の二鍵保管箱。
宛先変更候補は満タン便の運転席。
第一配送者の帰着受取人候補は北方一号。
複数の未完了手続きが、一つの座席へ集まっている。
運転席を分解しなくてよかった。
座席の中に人がいるわけではない。
そこに残っているのは。
終わっていない運行だった。
配送帳面が、誠司の前で開いた。
第一配送記録・北方第二十九便
北方一号を受け取った日、私は帰れると思った。
この人を水車町へ届ければ。
この人が目を覚ませば。
私の便も終わると思っていた。
だが水車町へ着いたとき、北方一号は目を覚まさなかった。
私は待てなかった。
容器を開けようとした。
名前を照会した。
帳面へ、何度も起きろと書いた。
中枢は、それを休眠解除命令として受け取った。
北方一号の生命反応が乱れた。
私は怖くなり、この人を中枢へ返した。
返送理由には、設備不良と書いた。
本当は。
急いだ私が、この人を受け取れなかった。
誠司は、文字を一行ずつ読んだ。
第一配送者は。
北方一号を連れ帰った。
けれど、目を覚ますまで待てなかった。
急いで名前を照会し。
起こそうとし。
生命反応を乱した。
だから中枢へ戻した。
設備不良という記録を残して。
記録の下へ、北方一号の過去の返送情報が現れる。
前回返送理由――受取人配送先不明
付帯理由――休眠解除手順逸脱
事故責任者――第一配送者
事故報告――未受領
第一配送者が運転席から降りられない理由。
帰着受取人が眠っていたことだけではない。
事故報告が、まだ誰にも受け取られていない。
さらに文字が浮かぶ。
第一配送者・帰着完了条件
一、北方一号による帰着受領
二、休眠解除事故報告の提出
三、事故報告受取人による確認
誠司は息を吐いた。
帰ってきたと認めるだけでは、終わらない。
第一配送者が隠した事故。
その報告を提出し。
誰かが受け取らなければならない。
最後に、事故報告の保管場所が表示された。
休眠解除事故報告
保管地点――第一配送者宛書簡内
返送庫で預かり手たちが守ってきた手紙。
第一配送者が受領を拒み。
水車町へ戻ってきた書簡。
その中には。
第一配送者へ届ける言葉ではなく。
第一配送者自身が提出できなかった事故報告が入っている。
だが書簡は、今も未開封。
宛先は第一配送者。
対面受領指定。
誠司たちに開封する権限はない。
配送帳面の最下部へ、一行が現れた。
事故報告差出人――北方一号。
眠っていた北方一号は。
自分が被害を受けた事故について。
第一配送者の代わりに報告書を書き。
第一配送者本人へ送っていた。
なぜ、本人へ事故報告を届けようとしたのか。
その答えは。
明日、目を覚ますかもしれない人だけが知っていた。
水車町に車両返却所が作られ、鍵、運行記録、車両状態、運転者の体調を別々の担当者が受け取る仕組みが始まりました。
現在の誠司は、正式な手続きによって満タン便から降車できています。
一方、第一配送者の帰着受取人として登録されていたのは北方一号でした。
しかし第一配送者は、過去に北方一号の休眠解除を急ぎ、生命反応を乱した事故を隠していたようです。
第一配送者の帰着を完了させるには、北方一号の受領だけでなく、未提出の事故報告を受け取らなければなりません。
その事故報告は、第一配送者宛ての未開封書簡の中にあります。




